幼馴染のイケメン女子が、僕の恋人を何度も寝取ってくる

青水

幼馴染のイケメン女子が、僕の恋人を何度も寝取ってくる

 僕には幼馴染がいる。名前は赤沢薫。

『薫』という名前は男にも女にも使われる。僕の幼馴染は女だ。だけど、僕よりずっと背が高いし、とてもかっこいい。異性よりも同性に人気のあるタイプだ。

 僕たちは中学までは同じ学校に通っていたのだけれど、高校からは別々となった。僕が通っているのは平均的な学力の子が集まる公立で、薫が通っているのは頭と家柄がいい子が集まる私立だ。

 薫の家はすぐ近くで、別々の高校に進学してからも、けっこうな頻度で我が家に遊びに来る。僕の両親は共働きなので、彼女が家に来るときは大抵二人きり。高校生の男女が二人きりというのは、ちょっとしたロマンスの予感……。なーんてことはまるでなく。

 僕と薫は幼馴染であり、友達である。恋愛関係になるようなことはないだろう。でも、恋愛の話自体はよくする。薫は凛々しい中性的な顔をしているけれど、その手の話が好きだったりするのだ。意外なような、そうでもないような……。


「そういえばさ、最近、彼女できたんだ」

「……彼女? ええっと、それは代名詞とかじゃなくて、恋人ってことだよね?」

「うん、そうだよ」

「最近って……付き合ってどれくらいなの?」

「まあ、でも、最近って言っても、もう二か月くらいかな」

「……ふうん。どんな子?」

「この子」


 僕はスマートフォンの画面を見せる。僕と彼女のツーショット写真。この前、カフェに行ったときに撮ったものだ。


「どう?」

「うん、かわいいね」


 薫は目を細めた。それがどういう意味なのかはわからない。彼女は僕のスマートフォンをがっちりと掴んで、随分長い間、その写真を食い入るように見ていた。

 僕は困惑した。というか、焦った。もしかして、見えてはいけないものが写っていたり……。おずおずと尋ねる。


「どうしたの? もしかして、幽霊とか写ってる?」

「幽霊? いや別に」薫は首を振った。「というかだね、そもそも幽霊なんて非科学的な代物を君は信じているのかい?」

「うーん……信じてるような、そうでもないような……」

「百歩、いや千歩譲って幽霊という存在がいるとして、いたとしても、それはきっとそう怖いものじゃない。ねえ、蒼汰。この世で一番怖いものが何か知ってるかい?」

「え、なんだろう? わからない」

「人間だよ」


 けっこうありきたりな答えだった。

 どう反応していいものか悩み、結局、僕は曖昧な笑みで乗り切るのだった。


「今度さ、君の恋人に会わせてよ」


 と、薫は唐突に言った。


「え、どうして?」

「どうしても。いや、まあ、とくに深い理由とかはないんだけどさ。ほら、幼馴染の私としては、君がろくでもない女と付き合ってほしくないな、と」

「僕の彼女を見極めよう、的な?」

「そう。そんな感じ」

「わかった。今度、家に連れてくるから、そのときに」


 ◇


「はじめまして。緑木香苗です」

「赤沢薫です。よろしく」


 金曜日の放課後。僕の家に香苗ちゃんが遊びに来た。

 香苗ちゃんには、薫について説明してある。女の親しい幼馴染ということで、当初は複雑な――ネガティブな感情を持っていたようだけれど……。


「蒼汰くん。かっこいいね、赤沢さん」


 僕の耳元で囁いた。

 非常に同性人気の高い薫に惚れる子は多い。レズビアンじゃない人がほとんどだろうけれど、彼女の前では性別など些末な問題だ。彼女に見つめられるだけで、顔を真っ赤にして硬直する子も多数。メデューサかよ。

 薫に会って数秒。ネガティブな感情はどこかへ飛んでいったようだ。よかったよかった、と胸を撫で下ろし、香苗ちゃんを見ると――彼女の目がハートマークになっていた。……気のせいだよねえ?


「また三人で会おうよ」


 帰り際に香苗ちゃんは言った。

 それから、毎日のように三人で会い、楽しくお喋りをした。いや、楽しいといえば楽しいのだが……僕としては香苗ちゃんと二人きりになりたいな、と思ったり。

 なんかおかしいな、と思いだしたのは、それから二週間が経ったときのことだった。その日も香苗ちゃんは我が家に遊びに来て、そしてそこにはなぜか薫もいた。


「あ、飲み物なんもない」


 冷蔵庫を開けて、僕は呟いた。


「飲み物買ってくる。二人は何飲みたい?」

「えっと、私はミルクティー」と香苗ちゃん。

「私はドクターペッパー」と薫。

「ドクターペッパー?」

「うん。私は今、無性にドクペが飲みたいんだ。買ってきてくれるかい?」

「わかった」


 というわけで、僕は飲み物を買いに出かけた。僕の分と、香苗ちゃんのミルクティーはすぐに変えたのだけど、ドクターペッパーがなかなか売ってない。僕はドクペを求めて、あちこち探し回った。一時間近く探してようやく発見して購入。

 帰宅して部屋に行くと、なんだか様子が変だった。二人とも顔が赤く、息遣いが荒いような気がする。気のせいだろうか?


「お帰り、蒼汰くん」と香苗ちゃん。

「うん」

「遅かったね」と薫。

「ドクペが置いてある店がなかなかなくてさ」

「ごめんね。ありがとう」


 そう言うと、薫はペットボトルのドクターペッパーを、一仕事終えたかのように、ごくごくと勢いよく飲んだ。

 香苗ちゃんものどが渇いてたのか、ごくごくと飲む。


「二人とも、のど渇いてたの?」

「あ、うん」


 香苗ちゃんは慌てて頷く。


「なんか、汗かいてるね」

「え? まあね。今日、暑いから」

「そうかな? 暑いかなあ?」


 そこで僕は気づいた。ベッドが少し乱れている。ぐしゃぐしゃってなってる。ベッドに座っていたのだろうか?


「ベッドに座ってたの?」


 僕は尋ねた。


「え? あ、え、うん。そう! ベッドに座ってお喋りしてたんだ!」


 なんかすごく動揺しているような気がするけれど、まあ、気にしないことにした。僕はある可能性を考えていたけれど、そんなことはあり得ないと、否定した。


 ◇


 香苗ちゃんと付き合って三か月が経過した。ここ二週間は、香苗ちゃんと会うペースががくっと減っていた。僕と会ったときも、彼女は薫のことばかり見て、薫とばかり喋りたがる。やっぱりおかしいな、と僕は首を傾げた。傾げざるを得ない。

 別れは唐突だった。ある日の放課後、二人で一緒に帰っているときに、香苗ちゃんは別れ話を切り出してきた。


「蒼汰くん。私たち、別れよう」

「え? ちょ……なんで?」

「他に好きな人ができたの」

「誰?」

「そ、それは……秘密」

「怒らないから言ってごらんよ」


 僕は優しく言ったけれど、香苗ちゃんは沈黙を保ったままだった。


「その人とは、既に付き合っているの?」

「ううっ……うん、ごめん」

「もしかして――相手は薫?」


 びくっと、わかりやすく反応した。

 香苗ちゃんは否定しようとしたが、うまく否定できなかった。呻き声みたいな言葉を、壊れたラジカセみたいに垂れ流すだけ。


「そっか、そうなんだね……」

「ごめん。本当にごめんなさい」


 涙ながらに謝ると、香苗ちゃんは走り去って行った。

 香苗ちゃんは同じクラスだ。明日からどんな顔をして会えばいいんだ。それと……薫だ。僕は薫に会って話さなければならない。でも、どんな顔で話せばいいんだろう。

 僕は歩きながら考える。

 これはおそらく、寝取られたのだろう。あの時、僕がドクターペッパーを探し求めていたとき、二人は僕の家で、その……懇ろな仲になっていたんだと思う、うん。

 女の子同士で? いや、別におかしなことではないか、うん。

 幼馴染に恋人を寝取られたというのに、僕は一〇〇パーセント、薫のことを嫌いになれなかった。それは、薫が女の子だからだろうか? それとも、僕にそういう性癖があったりするからだろうか? よくわからない。後者ではないと信じたい。


 ◇


「香苗ちゃんから聞いたよ」僕は言った。「薫、君は僕の恋人を――香苗ちゃんを寝取ったんだね」

「ああ、そうだよ」


 薫は否定も言い訳もしなかった。


「どうして? どうして寝取ったの?」


 聞いてみるが、彼女は何も答えなかった。ただ微笑みながら首を振っただけだった。

 香苗ちゃんと別れてから一か月が経過していた。香苗ちゃんとは同じクラスだけど、気まずくてまともに話せなくなった。そして、薫と会うのは一か月強ぶり。


「そういえばね、実は私も香苗ちゃんに振られたんだよ」


 唐突の告白に、僕は「えっ!?」と驚いた。

 振られた――別れた。どうして?


「他に好きな人ができたんだって。きっと、彼女は熱しやすく冷めやすい性格なんだろうね」


 薫は淡々とした口調で言った。


「あまり、悲しそうには見えないね」

「だって、別に悲しくないから」

「どうして? 香苗ちゃんのこと好きだったから寝取ったんでしょ?」

「いいや。彼女のことは……好きか嫌いかで言えば好きなんだろうけれど、でもそれは、恋愛感情じゃあない」


 恋愛感情じゃない。じゃあなんだ?


「それじゃあ、どうして寝取ったのさ?」


 もう一度尋ねてみるが、その問いには答えてくれない。


「私はね、きっと歪んでいる。変わっている。そういう自覚はあるんだ」


 まったくもって意味がわからないし、噛み合ってない。

 薫が世間一般と比べて、いささか以上に変わっている――良い言い方をすればユニーク(?)――なのは知っている。知っているけれど……。

 変わっているから、寝取った……?


「君ってさ、レズなの?」

「レズ? ああ、いや……私が一番好きなのは男だよ」


 それって、男も女も愛せるってことなのかな? 


「じゃあ、今まで付き合ってきたのも男が多いの?」

「いや、男とは今のところまだ付き合ったことがない。これからはどうかわからないけどね」


 そう言うと、薫は真面目なようで笑っているようにも見える顔をして、こう尋ねてきた。


「ねえ、蒼汰。私のこと、嫌いになったかな?」


 僕は曖昧に首を傾げてから、少し思案して言った。


「嫌いには……なれないかな。恋人を寝取られたのにどうしてだろう、って思って、よーく考えてみたんだけど、多分君が女の子だからだと思う」

「同性に――つまり、男に寝取られるのとは違うのかな?」

「男に寝取られたことがないからよくわからないけれど、気持ち的には随分違うと思う」

「ふうん、へえ……」


 薫はにやにやと笑った。


「君はきっと私のことを嫌いにはならない、とそう思っていたよ。だから――」

「だから?」

「これからも蒼汰の恋人を寝取ってしまうかもしれないけれど、どうかよろしく」

「よろしくって……」


 寝取る宣言?


 ◇


 宣言通りだった。

 薫はその後、僕の恋人をことごとく寝取っていった。薫はその辺のイケメンより遥かにかっこいいイケメン(女子)なので、僕の恋人は見事に惚れた。いともたやすく寝取られるということは、僕に対する愛情はその程度ってことだ。やれやれ。

 やがて、僕は恋人を寝取られることに興奮するように……はならなかったけれど、慣れてしまった。感覚麻痺というか、ね。

 やがて、僕は高校を卒業した。薫も高校を卒業した。僕たちは同じ大学に入学することとなった。一人暮らししたいな、でも我が家にそんな金はないな、と悩んでいると。


「よかったら、私と一緒に住まないか?」

「どうせ、僕に彼女ができたら寝取るんだろ」


 ふふっ、と薫は笑った。


「どうすれば、私に恋人を寝取られずにすむか教えてあげようか?」

「ぜひとも教えてほしいね」

「私を恋人にすればいい。そうすれば、君は一生、恋人を寝取られずに済む。寝取られる苦しみを味わわずにすむ」

「……」


 僕は絶句した。

 その選択肢があったか……じゃなくて。


「……もしかして、君、僕のことが好きだったりするの――ってそんなわけないか」

「そんなわけあるさ」


 さらりと告白されたので、僕はびっくりした。恋人を寝取られた時以上の衝撃が、僕の体を駆け抜けた、と言っても過言ではないかもしれない。


「仮に。仮に僕のことが好きなのだとして。だとしたら、君はどうして僕の恋人を寝取ったの? そんなことをすれば僕が嫌がるに決まってる」

「私は歪んでるからね、君の苦しむ顔が見たかった」

「えー……」


 それはちょっと……歪みすぎだろ……。僕には理解できない性癖(?)だよ……。


「それに、好きな人に恋人ができるのが嫌だった。だから、それなら寝取ってやろう、と」

「どうして、そんな発想になるかなあ」

「蒼汰。私が『付き合ってくれ』って言っていたら、君は私と付き合ってくれたかな?」

「断っていたと思う」

「だろう?」薫は笑う。「でも今、『付き合ってくれ。もし君が拒否したら、今後も君の恋人を寝取ってやる』って言ったら?」

「…………付き合わざるをえないかも」


 とんでもない脅迫だった。

 僕は薫のことが好きだ。でも、それはきっと友達としての感情で、愛とかそういうのではない。薫は僕のこの気持ちを分かっていて、だからこんな脅迫じみた真似をしたんだ。


「しっかりと言葉にしてほしい。私と付き合ってくれる?」

「わかったよ。付き合いましょう!」


 こうして、僕と薫は付き合い始めた。僕たちの関係性が、幼馴染から恋人へと変わった瞬間だった。

 恋人をさんざん寝取った女と交際なんて馬鹿げているように思えるが、案外悪くないのかもしれない。少なくとも、もう二度と僕が恋人を寝取られることはない。

 ハッピーエンドかどうかは、もう少し時間が経ってみないとわからないと思う。まあ、でも、少なくともバッドエンドってわけじゃないだろう。

 だから、これはハッピーエンドなんだと、そう思うことに決めた。


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