通学

イヌハッカ

通学

 時間ギリギリに間に合ったわけじゃない。改札を抜けて、車両に乗り込んだ瞬間に閉まるドアは日常茶飯事の事、だからこれがちょうどいいタイミング。

 いつも通りの言い訳を脳みそで反復させ、新井あらいはしまったドアにもたれて息を整える。落ち着いたところで捻れたネクタイに気付き、ゆっくりと締め直した。

 電車内は混んでいるわけでもなく、空いているわけでもない人混み。乗客はスマホをいじる社会人か、参考書を開く学生におおよそ二分されている。

 新井はネクタイをきつめに締めると、スマホの音楽アプリから曲を再生した。無線で繋がったイヤフォンから、ノリの良いポップスが流れ始める。明るい青春の、上澄みだけ厳選したような歌詞に新井は共感できなかったが、曲調はかなり好みな流行りの曲だ。

 曲のサビが終わる辺りで、高校の最寄駅に列車が到着する。新井はイヤフォンを取って、一般の男子高校生のテンションに気持ちを落ち着かせていく。そうして改札を抜け、

駐輪場で自分の自転車をみつけ、学校に向かうのが新井の通学のルーティーンだった。

 校門前の長い坂を上り、指定の場所に自転車を止める。腕時計の針を見ると、ホームルーム10分前を指していた。

 遅刻を回避出来たことに安堵し、教室へと足を進める。

 が、2歩目を踏み出そうとした時、新井は左足に妙な感触を覚え、つんのめるように立ち止まった。

 後足を引っ張られているような感触だった。しかし、重くはない。違和感は感じるものの、歩けなくはない。

 足元を見ると、そこには子猫がいた。

 モノクロの毛皮をつけた子猫が、じゃれるように左足にまとわりついている。ネイビーの制服には細かい毛が大量にくっついていた。

 子猫はこちらを一瞥して、ニャー、と一声鳴いた。そして、何事もないようにもう一度じゃれ始める。

 新井は子猫の腋、つまり前足の付け根に手を差し込んで顔まで持ち上げた。子猫は新井から目を逸らして、もう一度鳴いた。

 新井は子猫を腕に抱えると、校舎に向かって歩き始めた。どうして学校の駐輪場に子猫がいたのか、母猫はいないようだがコイツはこの先大丈夫なのか、などの疑問が新井の頭を巡ったが、そららの答えを見つける時間は今はない。

 ただ、子猫から離れることは頭には浮かばなかった。

 新井同様、遅刻ギリギリで登校した生徒たちが、新井の腕の中をすれ違いざまにのぞいては目を丸くする。

 自分のクラスまで階段を二階分のぼり、すでに同級生たちが着席した教室へ足を踏み込む。

 腕の中で子猫が、ニャー、と一声鳴いた。

 

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通学 イヌハッカ @Nagi0808

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