くっ殺女騎士さんとただの村人くん

青水

くっ殺女騎士さんとただの村人くん

「くっ……殺すなら殺せっ!」


 と、女騎士さんは言いました。

 森の中。

 大きな木の幹に磔になるかのように肢体を押しつけられた女騎士さんは、自らの死を覚悟して目をつぶって歯を食いしばりました。

 しかし――。


「げへへ……そう簡単には殺さないぜ?」


 邪悪な声でそんなことを言うのは、猪と豚と人間をミックスしたような奇怪なモンスター――オークです。

 オークは五体います。全員が似たような格好、顔をしているので、人間である女騎士さんには判別することができません。

 ヒューマンの男はオークの女に性欲を抱くことはまずありませんが、オークの男はヒューマンの女に対して劣情を抱くのです。


「たっぷりかわいがって、その後にじっくりと拷問しながら殺してやるよ」

「いやいや、殺すなんてとんでもない。この女は俺のペットにする」

「何言ってんだ! 俺の物だぞ!」

「ふざけんな! 独占しようとするなよ。みんなで順番に楽しもうぜ」

「そうだ。全員で見つけたのだから、全員のものだ」


 五体のオークは揉めています。

 その間になんとか逃げようと女騎士さんは試みますが、彼女の力では自らの首を掴むオークの太い腕から逃れることができません。


「まあ、いいや。とりあえず、服を脱がせるか」


 女騎士さんを押さえつけているオークが、彼女の鎧をはぎ取っていきます。それは、ストリップショーのような芸術性がなくもないような気がします。

 どうでしょうか?


「や、やめろおおおおおおお――っ!」


 女騎士さんはもがき暴れ叫びますが、それはオークたちにとって、嗜虐心を煽る結果にしかなりません。逆効果というやつですね、残念。

 四肢の要所を覆う鎧をはぎ終えますと、今度はグラマーな肉体を包み込む綺麗な服となります。鳥の羽を毟るかのように、荒っぽく力尽くで破っていきます。

 ビリビリ、ビリビリビリビリ……。


「いやあああああああっ!」


 際どい格好になりまして、オークたちも気分が大変高ぶっているようです。オリジナルの、よくわからないダンスを踊り出す始末です。


「げっへっへ。ここはどうなってるのかなあ~」


 オークはねっとりとしたいやらしい声で、女騎士さんの純白の汚れなきパンツを引き下ろそうとしまして――。

 そして。

 そして。


「うわあああああああっ! 誰か、助けてえええええええっ!」

「助けなんて来ねえ、ぎゃっ」


 くるくる、と。

 一本の剣が上下に回転しながら飛んできて、オークの後頭部に突き刺さりました。オークがヒューマンより丈夫だとはいえ、頭に剣が深く突き刺されば、基本的には即死です。

 ゆらり、とでっぷりと脂肪と筋肉で覆われた体が大きく揺れ、地に鈍く大きな音を響かせてオークは倒れました。


「な、何者!?」


 残った四体のオークたちは、一斉に振り返りました。

 そこには、一人の男が立っていました。整ってはいるものの、あまり特徴のない顔立ちに、地味な服装をした二〇歳前後の男です。村人Aといった感じです。


「俺が、何者か……」


 村人くんはもったいつけたような口調で言いました。


「なあに、ただの村人さ」


 決め台詞的な一言に、残念ながら誰も反応してくれません。


「……」「……」「……」「……」と四体のオーク。

「……」と女騎士さん。

「……」と村人くん。


 気まずい空気になり、時が止まったように、その場にいる全員が一瞬硬直しました。しかし、すぐにオークたちはぎゃはぎゃはと笑いだしました。


「なんだ、ただの村人か」

「引っ込んでろ、村人が!」


 そう言ってから、そういえば仲間の一人がこいつに殺されたんだったな、とオークたちは思い出しました。

 彼の言う通り、『ただの村人』だったのなら、オークをいともたやすく一撃で仕留められるはずがありません。ということはつまり、その青年はただの村人ではないのでしょう。

 あるいは、ただの村人なのに、村人にふさわしくないほどの能力を神様が間違って与えてしまったのかもしれません。うっかりというやつです。


「おい、動くな!」


 オークは鋭く叫びました。


「動いたら、この女がどうなるか……わかるよなあ?」


 槍の穂先が女騎士さんの首筋にぴたりと当てられます。


「くっ……殺すなら殺せっ!」


 女騎士さんは冒頭と同じセリフを悔しそうに吐くのでした。


「俺が動いたら……どうなるって言うんだ?」

「殺すぞ」

「そうか」


 村人くんは真面目な顔で頷きました。


「いや、『そうか』ってなんだよっ!? お前、この女を助けに来たんじゃないのかっ!?」

「いや、うーん……たまたま通りかかっただけ、だが……あー、でも、嫌がっている女性にむりやり猥褻な行為をするのは、感心しないな」

「もっと、はっきりと答えろよっ!」


 村人くんのはっきりとしない適当な態度に、オークは怒って叫びました。


「すまん」


 村人くんは素直に反省しました。

 それから、ごほん、と咳払いをすると、


「俺は正義の味方だから、非道な巨悪は見過ごせん。成敗してやる、覚悟しろ」

「……正義の味方? お前、ただの村人なんだろ?」

「そうだ。正義の味方である、ただの村人だ」

「ややこしいな」

「まあ、俺のことはどうでもいいじゃないか。とりあえず、成敗だ」


 村人くんは距離を詰めると、オークたちの間をすり抜け、死んだオークに突き刺さった剣を回収しました。そして、瞬き厳禁なほどのスピードで剣を振るいました。剣が閃くごとに、オークが一体、また一体と倒れていきます。


「うぎゃっ!」「うぎゃっ!」「うぎゃっ!」「うぎゃっ!」


 あっという間に、オークは殲滅されました。

 めでたしめでたし。


「た、助かった……」


 女騎士さんはほっと息をつきました。


「ありがとう」


 と、礼を言いました。感謝の言葉は大切ですね。


「礼などいらぬ、さ……」


 村人くんは格好つけたがりなのかもしれません。


「それより……」


 女騎士さんのセクシーな格好をじっくりと観察します。といっても、決してむっつりスケベというわけではありません。


「み、見るなっ」


 女騎士さんは羞恥で顔を赤く染めるのでした。


「これを貸してやろう」


 村人くんは外套を脱ぐと、それを女騎士さんに羽織らせました。ジェントルですね。


「では、俺はこれで」


 立ち去ろうとした村人くんは、途中で足を止めると振り返って言いました。


「危険な魔物はそこかしこにいるから、気を付けることだ。また危ない目に合っても、俺のような親切なやつが助けてくれるとは限らないからな」


 そして、今度こそ立ち去ろうとしました。


「あのっ」

「なんだ?」


 声をかけられたので、村人くんはもう一度振り返りました。


「名前を教えてくれ!」

「名などない」


 と村人くんは言いました。


「ただの村人さ」


 ◇


 数日後。


「くっ……殺すなら殺せっ!」

「げっへっへっへっへ……」


 女騎士さんはゴブリンに押し倒されていました。

 そこに、偶然村人くんがやってきました。前とは異なる場所です。運命というものを感じますね。村人くんは黙って様子を窺っています。


「……」

「そこの村人さん、助けてくれ!」

「やれやれ……」


 村人くんは肩を竦めました。


 その後、女騎士さんは何度も懲りずに同じような窮地に陥り、村人くんも毎回同じようなシチュエーションに出くわし、不平不満を言いながらも、女騎士さんを救うのでした。


 めでたしめでたし?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

くっ殺女騎士さんとただの村人くん 青水 @Aomizu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ