少し嫌

@annsemi

登校

 自転車で坂を下る。カゴに乗せた辞書入りのバッグがボンボンと跳ねる。錆止めを塗ったせいで白く濁った網目を自分は好かなかったが、かといってそれをどうにかしようと思うほど不快なわけでもなかった。


 じりじり進む車に急かされて横断歩道を渡り人家を右に避けると、溝を塞ぐトタン板を踏み、シンバルを鳴らしたような音がガタガタ鳴った。小学生の頃「板を踏む音がうるさい」という苦情が来たと、関係もないのに説教されたのを思い出した。不安になり、ちらりと家の方を見た。カーテンは閉まっている。


 三メートル先から人が来ていた。歩道の端から抜けられそうだったが、車道に避けた。軽車両が迷惑そうに白線側に避けた。後続の車両も自分を避けた。二人が並んで通れるくらいの空白が横に出来上がった。車は善意で避けているのか、迷惑だから避けているのか、知る由もないが少し気になった。いささか自意識過剰な気もした。


 半年通った道はあまり代わり映えしない。こんな時、「現実の視界をVRで変換できたらいいのになあ」と少し思う。ぼんやり想像してみる。道沿いの建物はお菓子の家で、歩道はクッキーで、車道はココア色。車はかぼちゃの馬車で、空に浮かぶ雲はほんのりピンクとか黄色とか色がついて綿飴みたいになる。道端のゴミもキャンディに見える。


 ちょっぴり幼稚な考えかもしれないが、そうなったらきっと楽しいだろう。毎日が今よりずっと楽しくなるはずだ。でも、犬のフンが何かしら別のものに変換されたりしたらちょっと困るな、とも思った。


 赤信号で止まる。今日の妄想はけっこう楽しいので、あまりすぐ青くならないでほしい。自分が進まないことに正当な理由がつくのは、この三十秒間だけだった。

 そう長くないうちに信号は青になった。ペダルを踏んだ。うまく足を踏みこめず少しよろけたので、後ろにいた自転車が自分を抜かした。


 もう少しで学校に着く。落ちたタバコを車輪が踏んだ。

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