掌編小説・『将棋は○○!』

夢美瑠瑠

掌編小説・『将棋は○○!』

(これは去年の「パートナーの日」にアメブロに投稿したものです)




掌編小説・『パートナー』


  『求む!パートナー。日給15万円。但し妙齢の女性。☎03(456)7×××・・・』という、求人広告を雑誌で見つけて、カード破産にあえいでいる私は、電話を掛けてみた。

 どうせ、愛人が欲しいスケベな金持ちかと思うが、背に腹は代えられない。

 事務仕事やら風俗は性に合わなくて、続かなかった。

 借金は300万円ちょっとで、一か月間このスケベおやじにおもちゃにされるのを我慢すれば耳をそろえて清算できる。誰にもバレないし、一人が相手なら気も大して使わない。

 私はいわゆる「自閉症スペクトラム」だと診断されていて、コミュニケーションに難があって、その場に大勢の人がいる場所で仕事したり、色んな変わった人物と接したりするのが大の苦手である。

 大学のミスコンで「アイドル賞」を貰ったりして容姿には自信があって、声もアニメ声で可愛い。

 ほら、「北川景子」という女優がいるが、丁度ああいうタイプなのだ。

 知性やら語彙は人並み以上で、まあ教養もある。27歳だからまさに「妙齢」である。

 社会的な地位の高いオジンとかには「カワイイ、カワイイ」と可愛がられることが多くて、オジンの愛人を持った経験もある。適性という点では誰にも遜色ないが、

「パートナー」というだけだから、本当に愛人の募集かということは今の処、判然としていない。

 取り敢えず電話をしてみようと思って、スマホの画面に華麗流麗に指を滑らせた。

「📞」のボタンを押すと、キラキラキラ、と画面が明滅して、システマイズされた巨大なネットワークを信号が走り、端末同士が疎通する気配がした。

「RRRRRRR・・・・」

「はあい。カネミツです。カネミツは金に光」

 意外にも電話に出たのは、少し年配の愛嬌のある声のオバサンだった・・・


「あの…雑誌広告を見て…『パートナー』を募集なさってるんですよね?」

 私はおずおずと話し出した。

 さっきも書いたように「アニメ声」なので、相手はすぐ警戒を解くらしい。

 こういう処ではいつも得をしている。  

「ああ、旦那様のね、趣味に付き合ってもらう人を募集していて…

 旦那様は60過ぎなんだけど独身なのよ。それで本当はお嫁さんが欲しいんだけど、 すごくシャイなのよね。それで…」

(来たあ。「趣味」だって。SM?赤ちゃんプレイ?それとももしかしてスカ〇ロ?

なんでも来いダワ!)

「お見合いの代わりにね。「将棋」の相手をしてくれる友達を募集したいんだって!

将棋をしながらいろいろ話をしたりして…それで気の合う相手を探したいんだそうよ。

 何なら駒の友達だけでもいいし…

『女性でもなんでも一緒に将棋をしているのが一番くつろげるし、相手の人柄も昔からよくわかる』らしいんです」

「はあ…将棋、ですか。」

 将棋などは並べ方を知っているだけだ。

 諦めて、どうも、と電話を切ろうかとも思ったが、将棋をして、気が合えば金満さん…金光さんか、の、妻か愛人か…になれるかもしれない。

『旦那さま』って、おとなしそうで金持ちそうな雰囲気だし…

 それに何と言っても日給15万円は魅力だ。

 私は迷いました。

「応募するかたって多いんですか?」

「ええ。電話はたくさん来るけど…「将棋」って聞くとしり込みする人が多いわね。

 プロの先生とかだと拘束時間や授業料の条件が全然合わないんですよ。大体若い美人で旦那様のところで泊り込める人なんて少ないでしょ?それでいかにも愛人募集っぽくして条件を絞ったんです。「愛人募集」とかは、倫理規定で広告出せないらしいし…」

「なるほど、大体話は分かりました… 

… … …

 私はその「旦那様」の、面接を受けることにした。

 将棋は初心者なので、書店で「初歩の将棋入門」という羽生好治さんの本と、「将棋の上達には詰将棋が早道」という話を聞いたことがあったので、「詰将棋・3手、5手」という本、それからゲーム機の将棋のソフトを買った。

 面接は3日後なので、その間に猛特訓するつもりだった…

 

 よく、「詰んだ」とか言って、将棋から来ている言葉だと知らなかったけど、将棋というのは相手の王様を「詰ませたら」勝ちらしい。

「王手」というのは、「次に王様を取るぞ」という手のことか…

 だから、「王手」を掛けられて、行き場がなくなったら負けなのね…

… …

 一通り分かってきたので、将棋のソフトに移った。

 このソフトには詰将棋もついている。

 小一時間詰将棋をしていると、だんだん感覚がつかめてきた。

 このソフトの詰将棋はちょっとアクロバティックで、「空き王手」とか、「両王手」の手筋が多い。空き王手で、両王手をかけると、合い駒出来ないのでうまくすると一手詰めになる。…フムフム。

 桂馬という駒は合い駒が出来なくて、ちょっと特殊で、某名人が好きだったという。

 銀が好きなのが羽生先生だそうだ。

 私は「龍王」が好きである。(太くて長くて強いのが好き♡とか言って)

 ごめんなさい、急にセクシー女優みたいになっちゃった💦

 まあ本当はいかにも私はそういう外見なんですけど…

… …

 実戦を開始。

 まず六枚落ちである。一度負けたけど、「前半は形、中盤は駒得、終盤はスピード」とか、「できるだけ自然に動かそう」とか、「守りは金銀三枚、攻めは飛車角銀桂香」「玉は下段に」とか、「と金の遅早」とか、色々な格言を参考に指していると、何とか勝てた。待った出来ないモードにしているので苦労したが、半日くらい頑張っていると角落ちで痛み分けくらいまで上達した。

 「案外才能あるかもー」なんて呟きながらひたすら何時間もやっていると、だんだん将棋自体が面白くなってきた。

 私は苗字が「角田」で、名前が「歩香」である。

 もしかして将棋に向いているという運命で、それにだいたいこの名前だけで金光さんに気に入られるかもー

 などと妄想してケラケラ笑ったりした。

 はたからはよっぽど面白いゲームにドはまりしている腐女子?みたいに見えるかもしれない。

… …  

 そうしていよいよ、金光さんの面接の日が来て、私は初めて屋敷に入りました。閑静な住宅街にある、典型的な大邸宅で、宏壮な庭があって、大きな石がいくつもあって、枯山水風に、玉砂利やら、襖絵のような形の松の木が、しつらえられてあった。

 約束の時間通りに応接室に金光さんが現れて、「初めまして。金光潤沢です。潤沢は俳号でね、潤一郎というのが戸籍の名前。あなたは?」と深いバリトンで仰った。

 ロマンスグレーで、昔の俳優、宝田明という人にちょっと似ている。

 素敵なおじさま、という感じで私は胸がときめいた。

(ウフッ♡カッコいい。それにすごーくお金持ちそうだわ)

 内心で独り言ちました。きっと漫画で描くと両目がハート型になって、両手もハート形にして頬を押さえて「キャー」とか言って、頬が赤くなる感じになっていたかと思います。

「角田歩香です。27になります。名前には将棋の角、歩、香が入ってます。

だから将棋にはピッタリなんです」

 例の「ウケのいい」かわいらしいアニメ声でちゃっかりアピールしました。

 金光さんは猫のように目を細めて、笑顔になりました。笑顔もステキ♡

「へーかわいらしいお嬢さんだ。しかもはっきり自己主張するねえ。私はどっちかというと引っ込み思案でね。はきはきした明るい人がいい。将棋は強いのかい?私は将棋連盟からアマチュアの6段を貰っているんだが…」

 ほら来た。用意していた答えを言うつもりでした。大学のサークルで鍛えたことがあって…県大会で準決勝まで行ったことがあって…でも、この金光さんはそんな見え透いたような嘘は全部見破ってしまいそうな鋭敏な雰囲気をしていて、言えませんでした。正直に、実はお金が必要な事情があって、将棋は知らないけど応募したかった。それで急ごしらえで猛特訓して、そうしてやっと有段者級という触れ込みの将棋ソフトにどうにか平手で勝てるくらいになりました、と率直に打ち明けました。

 ダメもとで、でもそういう努力を分かってほしかったのだ。

「そうですか…」と、金光さんはしばらく考え込んでいた。

  … …

「よし、こうしよう」

 しばらく考えていた金光さんがおもむろに口を切った。

 柔和な目元と形の良い大きい鼻、煙草の匂いが、少しファザコン気味の私のオンナ心を擽る。

「とにかくね、あなたにしばらく通ってもらうことにするよ。将棋をしながらいろいろお話したい。ただ指すんじゃなくて、後進に指南するというのも愉しいものだよ。

15万円はさし上げるけど、最終的に家にいてもらうかどうかははっきり保証できない。だけど、何だかあなたとは波長が合う気がするし、できたら一時的な愛人じゃなくて正式に妻に迎えたい、そういう気持ちもあって…だから余計に軽率に結論を下したくないんだな。そうか、初心者なんだね…でも将棋の方も話を聞く限りなかなか筋がよさそうだね。どうする?今から一局お手合わせ願えるかい?」

 願ってもない話だった。大体脂ぎったスケベおやじにおもちゃにされるのを覚悟していたのだし、こんなステキな紳士で、しかも大富豪♡その人が結婚を前提にお付き合いを、っていうのだ。

 千載一遇の大チャンスだった。人生捨てたもんじゃないな、と私は自然と笑顔になっていた。

「いつまででも付き合いしますわ。私は失業中で、就職の当てもなくて、応募したのも“パパ活”しようとかそれくらいの気持ちだったんです。なんならプロポーズしてもらえればすぐOKしたいくらい。エヘヘ」

「ひゃあ、現代っ子だねえ。話が早いんだね。それじゃあ一局お願いしようか」と言って、金光さんは机の下を探って、何かボタンを操作しているようだった。

 と、机の真ん中にパカッと奈落のような四角いスペースができて、ゴゴゴゴゴ、と立派な将棋盤がせり出しで現れた。駒もちゃんと乗っている。 

「一応盤は本榧(ほんかや)、駒は黄楊(つげ)です。最高級品のセットで500万円しました。あなたは普通に暮らしていたらこういうのにはまず触れられなかったかもなあ」

「凄いですねえ」

 私は目を丸くした。そんな高級な道具で将棋を指せるなんて思わなかった。

 昨日までPSPの小さい画面で安いソフトを悪い眼をしょぼしょぼさせながら将棋をしていたことを思うと、まさに雲泥の差、月と鼈(スッポン)とはこのことかと思う。

 ますます金光さんが貫禄があって頼もしいおじさまに見えてきた。

「よおし、じゃあ手合いは…飛香落ちくらいにするかな」

 金光さんの白い指が器用そうに動いて、慣れた手つきで飛車と、香車二枚を取り除けて、駒箱に入れた。

「お願いします」また静かでチャーミングなバリトンが響いた。

 私はその声だけで、何だか身体が痺れるみたいな、軽いエクスタシーみたいな感覚に襲われていた…

 … …

 上手の方が先手番なので、まず金光さんが角道を開きました。

 定跡を知っているわけではないので、手探りですが、あんまりカッコ悪い負け方をしたくないので、慎重に指そうと思って、飛車先を突きました。

 歴戦の雄らしい、流麗な手つきで、金光さんは美濃囲いを築いていきます。

 私は上手がどんどん駒をさばいていく感じが怖かったので、おずおず、という感じで矢倉を組みました。

 「ちょっと弱気だね」と、私が角を引いたときに金光さんが微笑みました。

 「大分駒得しているときほどね。大胆に行った方が大体いいね。まごまごしているとどんどん詰め寄られてね、なし崩しに不利になるよ。「詰め」も「寄り」も将棋だと不吉な表現だしね」

 「ええ…」

 私はいろいろアドバイスをもらいつつ何とか互角に指し進めていったのですが、その互角の角交換を強要された後、変なところに歩を垂らされて、馬を作られてしまった。

 (いや~ン。マケソー)

 真っ赤になって考えますが、やはり一日の長どころではない長いキャリアの差はどうしようもない感じだ。

 手にした角は、どこかに打てそうな気もするのですが、上手は抜け目なく自陣を固めている。

 一度破られた筋からどんどん傷口が広がる感じ…金光さんの馬が私の飛車をいじめに来る。

 (いや~ン、えっち。いじめないで~)

 女っぽい独白を洩らして、何だか息が乱れる。二人でえっちなことをしているみたいな気分になってきた。

 「うふふ。ほおら」

 私の気分を金光さんはとっくにお見通しで、わざと意地悪い手ばかり指す。そうして、何となくにやついた表情になっている。

 とうとう飛車を取られてしまった。(アアン!ダメーそんなことされたら…)

 ぴくんとなって、恥ずかしい話ですが、実はマゾっぽいところのある私は?きゅ~んとピンク色の乳首が立ってしまった。…

 

 どんどん局面は進んでいって、どんどん王様は追い詰められて、金や銀の護衛を

剥がされ始めました。

 恥ずかしい話ですが、わたしはえっちな部分がちょっと分泌してしまって、つい、「ああ~ン、裸にされちゃう」と、ヘンなことを言ってしまいました。

 さっきからとろんとした眼をしている私を面白そうに見ていた金光さんはプッと吹き出して、「どうする?あんまりあられもない格好になる前に降参するかい?」と、笑みを含んだ眼をして言いました。

 マゾっぽい私は、何だかつまらないような、変な気分になりましたが、すっかり裸にされるのが恥ずかしい感じもあったので、「ありません、負けました」と、一礼しました。

 駒を片付けながら、金光さんは、「将棋って結構セクシーだろ?僕は女性とこうやってエッチをするみたいに将棋をする感じが好きでね。大体感じちゃう女性が多いね。S極とN極みたいにサドとマゾっていうのはどうしても魅かれ合うから…」

「えっ金光さんはサディストなんですか?」

「フフフっあなたが何もなしに感じちゃうと思うかい?僕は微妙に自分のSの嗜好をノンバーバルなコミュニケーションみたいに波長にして送っていたんだ。そういうスピリチュアルにも興味があってね。言い遅れたけど僕は東大の心理学の教授でね。ESPとかの研究もしていて、そういう書籍でいくつもベストセラーを出している。印税生活者で、あと社会心理や経済学の知見を活かして、デイトレードとかでもかなり稼いでいる。濡れ手で粟、という感じに稼ぐのが好きでね…地道に働くのは性に合わなくて…」


 金光さんって想像より大分面白い方だったんです。

「パートナー求む…」云々の広告も、一種の社会心理の実験だったそうですが、瓢箪から駒というか、自分の好みにピッタリで、頭もいい私に出会えたので、「貴女をを娶りたいんだ、本気で好きになった…」と、日をえずしてプロポーズしてくれました。

 こうして私たちは華燭の典を挙げることになったのですが、SとMのカップルで、新婚旅行もちょっと変わっていて、ヨーロッパの拷問部屋のある古城に出かけて、そこで本場の舞台でサド侯爵顔負けのSMプレイを愉しんだのです…

 金光さんが言うには、「あなたくらい理想的なSMプレイのパートナーはいない」そうです。…


 あっ!これはみんなにはナイショですよ♡

「秘め事」って言うでしょ?w



<了>  

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掌編小説・『将棋は○○!』 夢美瑠瑠 @joeyasushi

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