救われるという救いのない話
小欅 サムエ
誰か救ってください
ぐちゃぐちゃに飛び散った私の内臓は、行き交う人々の衣服や顔などに付着してしまったようで、真っ白な顔色で逃げ惑う人の中に、私の赤が混じっているのがとても滑稽に思えた。
これが私の生きた証だと思うと、すぐに洗い落とされてしまう程度の存在なのだろうな、という思いもまた脳裏を過り、もの悲しく思えてしまう。どうせならば、私の死肉が彼らの身体に深く食い込めばいいのに、と薄れゆく意識の中、下らない妄想を抱くのであった。
空を飛んだときは、それはそれは心地よい気分であった。
何もかもが遠くに見え、灰色の街が高速再生の如くブレて映る。こんなもの、普通に生きていれば感じえないものだ。ああ、もう生きていないのだから、死んでこそ味わえる光景、とでも言っておくか。
どちらにせよ、あれが最期に見た景色だったのだ。なんとも現代人らしいといえば聞こえはいいものの、出来ることならば田舎の青々と茂る緑と蒼穹に見届けられながら、静かに眠りたかった。まあ、これも今となってはちょっとした贅沢である。
さて、そろそろ視界が霞んできた。いわゆるお迎え、というやつが近づいているのだろう。意外にも痛みは少なく、意識も比較的鮮明だ。このまま息絶えることが出来るのならば、なかなか自死というのも捨てたものではないな。
ああ、目の前が真っ暗に染まってゆく。これで終わりだ。上司に、後輩に、取引相手に叱られる日々も、これでさようなら、そしておやすみなさい。私は、最期までたくさんの人に迷惑を与えつつ消えてゆきます。
ざまぁみろ、人間社会。こんな悪魔みたいな存在を生んだのは、お前たちなんだ。利益重視、成果尊重、結果次第。成したことのない人間は生きる価値などない、そういう世界など、まっぴらごめんだ。
そして、散々とこの世を呪いながら私は目を覚ました。
どうやら、奇跡的に一命を取り留めたらしい。ぼんやりと聞こえた医師の話によれば、そういうことだという。
ただ、もう私は自分の意志で歩けもしないし、息もできないのだという。食事もよくわからないものを管から入れられ、それで生きている状態だと。
なんだ、これは。言葉すら、もう発することは出来ない。日々、どこかしらが痛むたびに鎮痛剤を投与され、誤嚥すれば吸引される。そういう日々が続く。
死ぬこともできず、他人により生かされて。
これは地獄か? いや、現実だ。紛れもなく、この世界に生きる宿命を背負った私の世界であり、人が普遍的に味わう地獄に近い現実だ。
ああ、こんなことならば、飛び降りなければよかった。こうして機械によって生かされる無意味な生が待っているのならば、ちゃんと抗えばよかった。
そう思ったところで、もう私の体は動かない。自由の利く体は、私自身が手放してしまったのだから。
救われるという救いのない話 小欅 サムエ @kokeyaki-samue
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