六 お前の目玉が朽ちないのなら
一番最初に殺した奴のことは、もうあまり覚えていない。
というより、どの獲物のこともそれほどよく覚えていない。必要ないからだ。殺すこと、殺し続けることだけが、必要だから。
俺は自分自身を『装置』だと思うことがあった。そうでもなければおかしい。理由もなく殺し続け、逃げ続ける。そういう機能だから、と理解するよりない。
殺す相手にも特に決まりがなかった。ただ、殺すべきだと分かる。
殺してみるとそいつらは皆同じだった。意味は俺にも分からないが、後からそれぞれのことをあまり思い出せなくなる。全員似ているからだ。俺は同じ一人の誰かを殺し続けているような気がする。もしかすると自分かもしれない。鏡を殴るように。
アニヤを殺したいとは思わなかったのにな。
ファミレスを出て、適当なホテルに入った。アニヤには分からない、それが帝国ホテルなのか東横インなのかラブホなのか。よくこれで生きてこられたと思うほど簡単についてくる。
自分でもその後どうするか決めていなかった。たいがい、アニヤのような若い女を殺すのは簡単だ。殺すべき相手とは感じていないが。アニヤの死に顔はあまり見たくない。死人の目はこんな風に光を
だがアニヤが俺を殺すつもりなら、やらなければならない。
「ハスムラ、どうしたの。怖い顔をしてます」
俺が銀の紋章の持ち主だと告げてなお、アニヤの態度は変わらない。やはり頭のおかしい女なのだろうか、もはやそうであってほしい。
「……お前を殺したくないなと思ってる」
部屋の鍵をしめ、アニヤの両肩を掴んでベッドに座らせた。それから薄手のパーカーを脱ぎ、Tシャツを脱いで上半身裸になる。ラブホにありがちな光景だろうが、俺とアニヤの目的はヤることではない。
アニヤは座ったまま、じっと俺の身体を見上げている。どこか悲しそうに。
俺の身体には、左肩から鎖骨を乗り越え左胸にかけて、薄い銀色の模様がある。紋章というよりは広めの地模様というような。いつかテレビで見たアラベスク模様に似た細かい曲線の組み合わせ柄だ。色が暗く見えると入れ墨のようなので、薄着をしない習慣がついた。
「探してたのはこれか?」
「はい。多分」
「多分かよ。写真とか見本とかないのか」
「シャシン、分かりませんが……でも私が探していたのはこの模様だと思……」
すうっとアニヤの頬にしずくが流れた。大きな眼から次々と水滴が溢れ出しては重力に引かれて流れ落ちる。
「何だよ」
「だって」
喉の奥で声が震えている。
「ハスムラには、お肉とお野菜を食べさせてもらった恩があります」
「別にいいよ、それは」
「ハスムラには、邪悪な魔導師の波動がないですし」
「そうかい」
「私と同じ模様ですし」
「……ん?」
同じ? 同じだがアニヤは月のナントカではなく太陽の神子とやらなのか。
ちょっと待ってくださいね、と言いながら見る間に着ているものを脱ごうとしたアニヤを俺は慌てて止めた。
「いい。やめろ、それはいい」
「いいって?」
「見せなくても……」
アニヤはしゅんとして下を向いた。こいつ、どういう育ちをしているのか全く分からない。油断も隙もない。
俺はそのままの格好で、後ろのソファに腰掛けた。
「アニヤ、俺を殺すか? 決めるなら早い方がいい。決めたら教えてくれ。そしたら俺も諦める」
諦めて、普段の俺になる。
恐らく自動的に、お前を殺せる。そう思う。
お前の目玉が朽ちないのなら、形見に持って行くだろうに。
ああ、こんなに可愛いのにな。
……そう思った時、壁に孔が開いた。
そして見たことのないジジイがぽんと入ってくる。ノーマスクのそいつはアニヤと俺を見るとにやりと笑って、やけにいい声で一言。
「何だ、リアルに邪魔したか?」
いや、そりゃ邪魔だし、ここ五階だし、誰だよジジイ。
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