第48話 襲撃

 港湾作業員用の宿舎にリゼットを閉じ込めたアレクシスは、研究所に戻り、巨大馬トゥルジェのエリサに飛び乗った。

 

 ルオフー城には、ヴィクトルと一度行ったことがあった。

 シュイワン半島を内陸に向かって進み、さらに同じぐらいの距離を街道沿いに北東へ進んだところにあるのがルオフー、タルール・シェグファ藩国の藩都だ。

 

 基本的に駝鳥エーミャに乗って進むタルール人用の道は、巨大馬で通り抜けるには横幅が狭めだ。

 自分の体の幅を知る巨大馬は木にぶつからずに進めるが、上に乗る人間には木の枝に引っ掛かりそうになるため、密林では巨大馬のスピードを落とし、慎重に進ませねばならなかった。

 

 今回、同じ道を進んでいるが、密林に入りスピードは出せないものの、頭上近くの枝ぶりに真新しい切り跡を持つ木があるなど、道は巨大馬で進みやすいようになっていた。これがミハイルが勝手に行った街道の整備の跡だろう。

 

 時々「神の石」で現在地を確認する。明日の日の出からこの調子で巨大馬を走らせることができれば、明日の昼前には到着する計算になった。

 

 日も暮れかけ、手頃な水場があったところで、今日は休むことにした。

 エリサに水を飲ませ、火を起こし、スーが用意してくれた荷物の中から、タルールの携帯食を食べていると、近くに住むタルール人が警戒しながらやって来た。

 

 そのタルール人は、アレクシスが街道の木を切りに来たのではないと知ると、野宿のアレクシスを心配して、家へ招待すると言ってくれたが、断った。

 

 タルール人のベッドは、タルール人の大きさに作られたカプセルのような形状をしており、足ははみ出るし、起き上がると頭を打つ。アレクシスにとっては野宿の方がマシだった。

 

 

 横になったアレクシスは、シーグーの作業員用宿舎に閉じ込めてきたリゼットのことを思った。

 今頃、今日の作業を終え、宿舎に戻ってきた他の作業員たちによって、彼女は救出されているはずだ。

 すでに放心状態から立ち直り、きっと自分のことを怒っているだろう。

 

 アレクシスには強い意志を持った、頑固になったときのリゼットに勝てたことはない。

 ……ねじ伏せようと、強引にキスしてしまった。

 

 リゼットがアレクシスの願いを聞いて、あのまま大人しくジンシャーンで待っていてくれるかどうか、アレクシスには自信がなかった。

 

 ──今は一刻も早く、ロナルドを救出することが先決だ。

 アレクシスは強引に思考を切り上げて、目を閉じ眠ることにした。

 

 

 ***


 

 アレクシスは翌朝早くから移動を開始した。

 ルオフー城まであと数十クローム(km)というところで、アレクシスはワンチェシーの思念通信を強制受信させられた。

 

 ワンチェシーは、自分も捕まり、ロナルドが危篤だと、リゼットに早く来るよう伝えていた。同時に敵はミハイルだと、タルール人に蜂起を呼び掛けていた。

 

 ワンチェシーは、タルール人の王子というだけあって、タルール人に広く発信する能力があるらしい。

 ……リゼットも受信したかもしれない。これを聞いてしまったら、彼女は焦るだろう。ヴィクトルに頼むだろうか……。

 

 

 そんなことを考えながら、巨大馬を走らせていたので、アレクシスは異変に気付くのが遅れた。

 突然、巨大馬のエリサが後ろ足で立ち上がって、急ブレーキをかけた。木々の隙間から石が投げられ、エリサは間一髪でかわした。

 

 ──どこから狙ってる?

 

 巨大馬の姿勢が落ち着くと、アレクシスは周囲に神経を集中させた。

 ……タルール人がいる。一人ではない、二人、いや、もっといる。

 

 

 突如、上から雄叫びを上げながら、蔓にぶら下がったタルール人が飛び掛かってきた。

 アレクシスはエリサから飛び降り、回転しながら木の影に隠れる。先ほどのタルール人は、蔓にぶら下がったまま密林に消え、もう姿は見えない。アレクシスはこんな敵意丸出しのタルール人は、見たこともなかった。

 

 また石が飛んでくる。

 エリサではなく、アレクシスを狙っている。別な茂みに移動する。

 

 ──自分を狙うタルール人に囲まれている!

 

 そう感じるが、うっそうと茂る熱帯の密林に阻まれ、相手の姿が見えない。

 ……ひょっとして、このタルール人は、ミハイルに雇われているのか?

 

〈ミハイルと手を組んだのか?〉

 

 姿の見えないタルール人たちに呼びかけるが、タルール人たちからの答えはない。

 

 

 アレクシスの体が、比較的近い位置から飛んできた石に反応した。素早く避けつつ、その軌道の起点にいたタルール人の姿を目で捉えた。

 

〈待て!〉

 

 アレクシスは、その姿を追いかけた。

 無秩序に生える枝を避けて、その小さな背中を見失わないよう走る。

 

 援護射撃の石をかわしながら、そのタルール人に追い付き、襟首を掴んだ。勢いで揉み合い、転がりながら、最後はアレクシスが上に乗り、タルール人の喉首を押さえた。

 

〈言え! 誰に雇われている!〉

 

 タルール人は目を合わさず、頑なに答えない。アレクシスは質問を重ねる。

 

〈お前は、ワンチェシー王子の思念を受け取らなかったのか?〉

 

 そこで始めて、アレクシスに組み敷かれているタルール人が、ゆっくり目を合わせ、

 

〈おまえもキいたのか?〉

 

 と不思議そうに伝えてきた。

 その時、突然、空から声が聞こえてきた。

 

『おーい! アレクシス! 無事かぁ~?』

 

 ハッと上を見上げると、木々の隙間から覗く空に、翼竜に乗ったヴィクトルたちの姿が見えた。

 

 と、次の瞬間、短い奇声を上げながら、木の蔓を振り子のように使って、決死のダイブをしてきたタルール人に、アレクシスは真横に吹っ飛ばされていた。

 

〈痛ってぇ~〉

 

 アレクシスは吹っ飛ばされた先の木の幹に叩きつけられ、額の横を切ってしまっていた。深く切ってしまったようで、傷口から血がたらりと流れた。

 

 飛び込んできたタルール人は、先程までアレクシスが下に敷いていたタルール人を助け起こしていた。


 アレクシスは立ち上がり、ぶちギレた思念を、辺り一帯に撒き散らした。

 

〈俺はお前らに構っている暇はない! 敵はミハイル、お前らも聞いただろう! 俺はロナルドを助けに行く。邪魔するな!〉

 

 すると、先ほどアレクシスにダイブしてきたタルール人が、ポカンとした顔で、

 

〈……おマエはミハイルのナカマじゃないのか?〉

 

 と聞いてきた。

 どうやらタルール人は、アレクシスをジーラント帝国人兵士と勘違いしていたようだ。

 

 アレクシスは初見のタルール人に、いつもジーラント人と間違われることを忘れていた。だが今、空で翼竜の背に乗る仲間はジーラント人だ。

 

〈ジーラント人にも色々いる! 俺はエアデーン人で、リゼットの婚約者。彼らはリゼットの仲間だ!〉

 

 あの強制受信思念を聞いていたのなら、リゼットやロナルドの個人名も伝わるはずだ。

 

 アレクシスの激昂した思念は、周囲にまだ隠れているタルール人にも伝わったらしく、その説明で警戒を解いたのか、一人、また一人とタルール人たちが木の影から姿を現した。

 

 こうして見ると、結構な数のタルール人がアレクシスを狙っていたらしい。ワンチェシーの強制思念はタルール人に行き渡っていたことを知った。

 

 アレクシスの暗示支配は目を合わせねばならないが、遠隔でこれ程とは、アレクシスのハイラーレーンの力よりも、強力な力のようだ。

 

 

 ヴィクトルが低空飛行させた翼竜から木に飛び移って降り、密林を掻き分け近づいて来た。

 

『おーい、アレクシス! 無事か? お前ケガしてるじゃないか? 大丈夫か?』

『……大丈夫だ。どうやらタルール人たちは、ミハイルの仲間と勘違いしたらしい。今、誤解が解けた。』

 

 近づいてきたヴィクトルにそう説明する。着陸場所を見つけられなかった仲間はまだ翼竜に乗って空を旋回している。アレクシスはその中にリゼットを探した。

 

『リゼットは?』

『ああ、彼女にロナルドが捕らわれて、お前が一人で助けに行ったって聞いて、助けに来た。ちょうど翼竜も到着したしな。大丈夫、彼女はジンシャーンにいる。オリガと留守番だ』

『……なら良かった』

 

 気がかりなことを聞けて、アレクシスは取り敢えず安堵した。


『リゼは、ミハイルに部下が三十人以上いるって聞いて、倒れそうなぐらい真っ青になってたぜ? 親父とお前のことを託された。お前も一人でどうする気だったんだよ?』

『……』

 

 アレクシスが答えないでいると、ヴィクトルは勝手に勘違いした。その沈黙の意味を、アレクシスがジーラント人を暗示支配する「セイレーン」の力で何とかする気だったのだと解釈したらしい。

 

『あ、そうか、そうだよな。でも危険だ。俺たちのことも頼れよな?』

 

 ヴィクトルはそう言って、アレクシスの肩にポンと手をおいた。

 

  

 ……だが、アレクシスは全く別なことを考えていた。

 

 確かにミハイルに部下が何十人いようが、アレクシスは全く気にしていなかった。だが、それを言えば、あのような強引な手段を取らずとも、リゼットは納得して身を引いてくれたのかと。

 

 

 自分もまだまだリゼットの扱いを分かっていないと、アレクシスは自省した。

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