第36話 メダイ

 アレクシスが奪い取った「メダイ」にあった古代エアデーン文字の刻印


 ──ケプレル1571c 原住民トゥルールー マーオツォト 00609863──


 に、アレクシスは息を呑みながら、見入っていた。

 

 

〈……星の名だ〉

 

 こんな形で、ずっと求めていた「神の石」の開かないフォルダ、「トゥルールー」のパスコード「星の名」の情報が手に入るとは!

 

 

 アレクシスは、古代エアデーン人が発見した惑星を命名する際の、慣習的なルールを知っていた。

 

 ケプレルとは古代エアデーン人の偉大な天文学者であり、天体物理学の先駆者。彼の名がついた宇宙惑星探査機ケプレルに搭載された望遠鏡で、1571番目に発見された恒星。その恒星を公転する惑星として、発見された順番を示す記号がc……。

 「ケプレル1571c」。それこそが古代エアデーン人がこの星を呼び表していた「星の名」だったのだ。

 

 

 その「メダイ」は、形状も刻印の内容も「ドッグタグ」、つまり兵士の識別票に近いとアレクシスは思った。

 兵士自身が自嘲気味に呼んでいた名だそうだが、まさに「ドッグタグ」の意味があったのかもしれない。

 

 慣れていない者には、同じ種類の犬の顔が皆同じに見えるように、古代エアデーン人にもタルール人は、皆同じに見えたのだろう。

 そんな彼らを識別するために、古代エアデーン人の祈りの道具「メダイ」として与えて、有難がらせながら着けさせたのかもしれない。


 

 さらにアレクシスのハイラーレーンの「神の指先」は、この「メダイ」に、今はほぼ機能していない古代遺物「星屑」の気配を感じた。

 

 「星屑」とは、古代技術で特殊加工して、様々な機能を持たせた金属のことだ。管理番号もあるし、現在地発信機能が付与されていて、居場所把握や、逃走防止など、何らかの意図を持って着けさせたのかもしれない……。

 

 

 ***

 

 

 ワンチェシーは、思索に耽るアレクシスの手から「メダイ」を取り返そうと、ピョコピョコとジャンプしていた。お供のタルール人達も慌てて駆け寄り、主人と同じ動作を繰り返していた。

 

 リゼットは「メダイ」を奪ったアレクシスをとがめようとしたが、数シームほどの届かないジャンプを繰り返すタルール人達の可愛さに、また一人でなごんでしまっていた。

 

 

 アレクシスは、ピョコピョコしているワンチェシーに気付くと、その首に「メダイ」をかけて返し、自分の腰の高さまでしかない、まだ子どもと言える年齢のワンチェシーの頭を撫で、屈んで目線を合わせた。

 

〈分かりました。同盟を結びましょう。ただし、俺と殿下とで。このメダイは必要ない。俺はリゼなんかよりずっと役立ちますよ〉

 

 そう言って、凄みのある笑みを浮かべる。

 ワンチェシーやアーイン、お供のタルール人は、とんでもない者を味方に付けてしまったかもしれないと、揃ってゾクリと身震いした。

 

 だが、リゼットはアレクシスに食ってかかった。

 

「ヒドイ! 『リゼなんかより』って! 私だって、結構、かなり、役立つはずですから! 殿下、同盟結びましょうね!」

 

 リゼットがそう言うと、ワンチェシーはパッと笑顔を浮かべ、リゼットに抱きついた。

 アレクシスはすかさず、ワンチェシーを引き剥がし、ペシリとワンチェシーをはたいた。

 

〈調子にのるな!〉

 

 もう、アレクシスからワンチェシーへの敬語が思念からなくなっていたが、誰も気にとめなかった。

 

 

 古代エアデーン人は、タルールではなく、予想通りトゥルールーと呼んでいた。

 

 ──これで「神の石」の秘密のフォルダが開く。

 

 アレクシスは常に持ち歩いている「神の石」を今すぐいじりたいのをどうにか我慢した。

 

 

 帰り道、はやる気持ちが巨大馬トゥルジェに拍車をかけて、スピードを上げさせてしまうのを抑えつける。

 ……今は体力のないリゼットを乗せているのだから。

 

 ──今日、リゼットが俺を頼ってきてくれて良かった。

 

 アレクシスは、愛馬エリサを駆けさせながら、自分の前に座る愛しい存在の後頭部にキスをし、感謝した。

 

 

 フード越しのキスに、リゼットが気付くことはなかった。

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