第37話 ギフト
リゼットを
早速、「神の石」を起動させ、「トゥルールー」のフォルダを開く。パスコード入力画面で、ワンチェシーの「メダイ」に書かれていた星の名「ケプレル1571c」を入力する。
フォルダは正しく入力されたパスコードの前に、何事もなく展開された。
フォルダには星の開拓の記録、
パスコード設置の理由は、このフォルダの内容の漏洩を心配したのではなく、この端末を手にした未熟な者による誤消去を防ぐためと、トップフォルダに入っていた小さなメモファイルに書いてあった。
アレクシスが探していたタルールの「毒」に関しては、「ギフト」という名のサブフォルダに、膨大な量のファイルが纏められていた。
古代エアデーン人も高い関心を持って、その解決に取り組んだであろうことが想像できた。
アレクシスの拡張脳機能が、開いたファイルの内容を高速で把握・理解し、情報を取捨選択しつつ、必要性のあるものを自身の脳内に次々と
やがて全てのファイルを開き、全ての情報に触れ終えたアレクシスは、眉間を押さえ、椅子に背を預けた。アレクシスもこれほどの量の情報に一度に触れたのは始めてだった。一気に疲労感に襲われる。
古代エアデーン人が、タルールから撤退した理由は「ギフト」と名付けられた未知の化学物質の存在だ。──とアレクシスは大量の情報に触れた上で、結論づけた。
***
今のジンシャーンに降り立った古代エアデーン人は、タルール人を暴力的な方法でシュイワン半島、つまり今のバオアン平原から追い出した。
古代エアデーン人は、当時一面のジャングル地帯であったシュイワン半島一帯を、農場にすべく土壌改良した。ジャングルから繁殖力の強い種子や胞子が流れ着いても、根付かないように農薬を使用した。
「ギフト」はその農薬と、土着植物の種子や胞子との化学反応により生成される。その土壌で育った農作物には「ギフト」が含有されるようになる。
……ということが判ったのは、古代エアデーン人が、ジャングルを一面の草原に生まれ変わらせ、シュイワン半島に「バオアン平原」を誕生させてから数年後のことだった。
「ギフト」とは、いわゆる内分泌
主な症状は、生殖機能の低下。つまり、妊娠継続困難による不妊、月経不順、性欲減少など。さらに長年摂取を継続すると、内分泌異常に起因する様々な疾患を発症する。間接的に寿命を縮める原因となるものだ。
その症状は、アレクシスの動物実験でも明らかになっていた。
古代エアデーン人達は、この化学物質を、はるか昔に捨てた母星において、同じ発音、同じ
暴力的な手段で土地を奪われ、住み家であるジャングルを奪われたタルール人への「贈り物」であり、エアデーン人への「毒」だった。
その「ギフト」生成のメカニズムの分析や、中和方法を探る膨大な実験データが残されていたが、その成功を示す実験データは残されてはいなかった。
古代エアデーン人達は、そのオーバーテクノロジーを以てしても「ギフト」を克服出来なかった。だから、折角開拓したバオアン平原を放棄した。
……その事はどこにも触れられていないが、事実だろう。
他にもファイルには、アレクシスの知らない情報があった。
タルールの森に自生する「シキニェム」と呼ばれる木は、二十年に一度花粉を大放出する。その花粉が降ると、「ギフト」の生成が活性化され、毒性が上がる上、バオアン平原では一定期間作物が育たなくなるらしい。
また、「シキニェム」の木そのものが、エアデーン人にとっては強毒であるらしい。
触れるとかぶれ、排除しようと燃やすと、毒性は一気に高まり、その煙は神経系に作用し、麻痺はやがて全身に広がり数日後に死に至る、とあった。
……まるで、トゥルールーの森を異星人から守っているかのようだ……と、古代エアデーン人達は記録していた。
ジンシャーン付近は海からの風で、ジャングルから飛来する花粉や胞子、種子から遠ざけられ、守られてきた。
だが、バオアン平原奥地に、ジャングルに近づけば近づくほど、「ギフト」が土壌に蓄積されている。
これ以上の開拓はしてはならない。バオアン平原は放棄しなければならない。
今ではタルール人達にとって「バオアン」とは、「いらない土地」を意味するらしいが、ジーラント人、エアデーン人にとっても「いらない土地」なのだ。
***
長年抱いていた謎が解けた。ある程度予想していたものの、フォルダ名「トゥルールー」には、予想を超える情報が詰まっていた……。
アレクシスは、深く息を吐き出し、天井を見上げ、目を閉じ、しばらく思考を停止した。
……そして、再び開いたアレクシスの瞳には、静かな決意が宿っていた。
これで、ジーラント人にタルールを放棄させる証拠としては十分なものが揃った。後は実行に移すのみ。
次のシキニェムの花粉飛来は何年後になるのか。少なくともそれまでには撤退を完了させなければならない。
アレクシスは、再び「神の石」を手に取り、作業を開始し始めた。
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