第30話 婚約発表

 屋上に閉じ込められ、生死の境をさまよったリゼットは、アレクシスに点滴を打ってもらい、一命を取り留めた。

 リゼットは日もだいぶ暮れてから、アレクシスに背負われて帰宅した。二年ぶりのアレクシスの背中は広く、頼もしかった。ずっとこうして抱きついていたいほど……。

 

 ──やっぱり私、アレクシスのことが好きなんだ。

 

 リゼットは改めて思った。

 でも、アレクシスには絶対に言えないと思った。何て言ってからかわれるか。恥ずかしすぎる……。

 

 ……意識を回復して朦朧としていた時に、「好き」ともう伝えてしまったことを、リゼットは覚えていなかった。

 

 

 アレクシスはリゼットをベッドまで運び寝かせると、リゼットのおでこに、軽いリップ音を立ててキスをした。

 

「な、なに! な、なんで!」

 

 リゼットは、自分のおでこを押さえながら、あえいだ。アレクシスは、いつものようにニヤリと笑って

 

〈あ、そうそう。俺たち、婚約したから。もうこんな面倒なことが起きるのはゴメンだしな……〉

「え、ええっ! き、聞いてないよ!」

 

 リゼットは病み上がりだからか、驚きの声は思った半分の大きさにしかならなかった。


〈今、言ったから。じゃあな、リゼもそのつもりで。明後日の練習は見に来いよ!〉


 そう言うと〈おやすみ〉と手を振って、研究所に帰っていった。

 リゼットはこの急展開に着いて行けず、考えるのを諦めて……、寝た。

 

 

 翌朝、父ロナルドに確認すると、確かに婚約を承認したらしい。しかも、ロナルドには、なかなか情熱的に語っていたらしい。

 

「なんで!  私、なんにも聞いてないよ? プロポーズとかそういうの、ないんだけど? 何で承認とかしちゃうのよ~!」

 

 それを聞いて、ロナルドも「ん?」と思ったが、

 

「まぁアレクのやることだから色々あるんだよ。大丈夫! 結婚はまだまだ先だから!」

 

 とご機嫌だ。


 リゼットは体調はほぼ回復していたが、その日は学校を休むことにした。

 まだタチヤーナに会うのが怖かった。ロナルドもそうしなさいと言った。

 

 

 ***

 

 

 翌日の安息日。

 リゼットは久しぶりにペールの練習を見に行くことにした。アレクシスに来るように言われてたし、アレクシスともちゃんと話がしたかった。

 

 

 ンケイラが張り切って髪を整えてくれた。サイドの髪を残し、左側の耳の横でお団子を作りゴムで緩く止めてから、残していたサイドの髪をねじってお団子の横にピンで止める。

 

 ンケイラはリゼットが借りてきた学校の女子で回し読みしているファッション雑誌を見たり、帝国人の女子を観察して研究しているらしい。可愛く結ってもらって嬉しい。アレクシスに可愛いと思われたい……。

 

 ──って、私! どうせ断熱マントのフードに隠れて見えないのに!

 

 リゼットは一人で身もだえた。

 

 

 ンケイラと久しぶりに運動場に行ったリゼットは、いつもの木陰に日傘をさして座った。練習はもう始まっていた。

 いつものようにアレクシスやヴィクトルのファンの子たちはいるが、タチヤーナの姿は見えないのでホッとした。

 

 アレクシスと目が合う。

 何も思念は送られてこないが、ちょっとだけ笑ったように見えた。ここから眺める彼はやっぱり好きだ、とリゼットは思った。

 

 ……リゼットはアレクシスの婚約者になった。

 リゼットにはプロポーズらしきことは言わないけど、父ロナルドには言ったから、婚約成立した。

 

 ──つまり、アレクシスも私を好きだ思ってくれているってこと?

 アレクシスと私、両想いになれたってことなのかな?

 

 全く実感はないが、もしそうなら、素直に──嬉しい──と思った。

 

 

 今日は特に対戦相手がいるわけではなく、練習は運動場の使用時間通りに終わった。

 いつもはここでこのまま帰るところだが、アレクシスがわざわざ近づいてきた。ファンの子達が見てるから、用事があるなら思念で伝えればいいのに……。

 

 アレクシスは目の前まで来るとニヤっと笑い、リゼットの腕を取るとギュッと肩を寄せ、断熱マントのフードを外して、おでこにキスをした。

 ファンの女子たちから悲鳴が上がった気がする。リゼットもとっさの事で、驚く以外の反応が出来ない。

 

 その場の空気を読めなかったのか、何事もなかったかのように、運動場の方からヴィクトルが二人に呼びかける。

 

『おー、リゼット! もう大丈夫そうだな! アレク、ミーティングするから戻れよ~』

〈お前も来るか?〉

 

 とアレクシスが聞いてきたので、リゼットはブンブン首を振って拒否した。

 

『ああ、今行く!』

 

 アレクシスはリゼットの肩を抱いたまま、ニコニコと運動場にいる仲間に向けて、声を張った。

 

『みんな、一応報告しとく! 俺、リゼと婚約したから!』

 

 運動場にいる仲間や、ファンの女子からどよめきが起きる。アレクシスはリゼットを抱き寄せてないほうの手の親指を立て、ガッツポーズをしている。

 リゼットは、皆の注目を集め、ンケイラに結い上げてもらい、露になっていたうなじまで赤く染まっていた。

 

 囃し立てる声にアレクシスは手を振って答え、もう一度リゼットのおでこにキスをしてから、

 

〈女子達にも聞かせられたから、ちょうどよかったな〉

 

 とうそぶいて、リゼットのフードをぞんざいに元に戻した。

 

〈気をつけて帰れよ〉

 

 アレクシスはンケイラにも目配せして、ミーティングに戻っていった。

 

 ンケイラは、呆然とするリゼットの腕を引っ張りながら、

 

〈おじょうさま、はやくかえらないと、アレクさまをすきなおんなのこたちに、かこまれてしまいますわよ!〉

 

 と伝えてきたので、リゼットも我に返った。これ以上の羞恥プレイは勘弁願いたかった。

 

 

 ……結局、ちゃんとした話を聞くことも、正式なプロポーズもなく、指輪も贈られることもないままに、リゼットはアレクシスの婚約者として、周囲に公認されることになってしまったのだった。

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