第29話 婚約

〈……ずっと、リゼットが俺に気持ちを伝えてくれるのを待っていたんだ〉

 

 アレクシスはロナルドに思念通話で語り出した。

 

〈……いつからか、リゼは俺にとって特別になっていたんだ〉

 

 最初は残念な美少女だという印象だった。

 アレクシスが辛い過去を思い出している最中に、自分の代わりのように泣き出したときは驚いた。

 からかって遊ぶのにちょうど良い相手だが、今まで自分の周囲にいた者たちと同様に、適当にあしらっていてはいけない相手だ、とも思った。

 リゼットのことが気になるのも、ロナルドに頼まれたせいだということにしていた。

 

 それがいつからか、変わっていった。

 リゼットが暑さで倒れたときか、アレクシスの使う暗示支配の祝福を鋭く指摘したときか、花火に見惚れているリゼットの横顔を見たときか……。


 

 ***

 

 

〈……俺は、俺から気持ちを伝えて強要するんじゃなく、リゼットに俺を選んで欲しかった……〉

 

 アレクシスは眠るリゼットの顔にかかる髪を、そっとかき上げながら伝えた。

 

〈今日、リゼットは研究所にいた俺に思念通信で助けを求めた。ハイラーレーンの能力の一つだと思う。……距離に関係なく、特別な存在からの緊急の思念を受け取る。リゼも俺を特別だと認めてくれたからこそ通じた。だから、助けることが出来たんだ〉

 

 ロナルドは黙って聞いていた。

 アレクシスがリゼットを好ましく思っているのは気付いていた。おそらくリゼットも……。

 だが、それが、「星の支配者:ハイラーレーン」の力にまで、影響を及ぼすことだとは……。

 

〈……そして、さっき目を覚ましたとき、俺のことを好きだと言ってくれた〉

 

 アレクシスは強い瞳でロナルドを見た。

 声に出してロナルドに頼んだ。

 

「だから、もう待たない。リゼットと婚約したい」

 

 滅多に声に出して王国語を話さないアレクシスが、正式に父親である自分に娘との婚約を申し込んできて、ロナルドは慌てた。

 

「ちょっと待て! 婚約ということは、将来、アレクと結婚するということだろう? タルールを出ていくということか?」

 

 ロナルドは、タルール人と意思疎通が出来る、王国貴族の中でも稀有な「星の理解者」の祝福レーンを持つ貴重な外交官だ。

 

 タルールの気候はエアデーン人が過ごすには厳し過ぎる環境だが、ジーラント人がタルール・シェグファ藩国にいる限り、自分は外交官として半永久的に赴任しなくてはならない。だから、リゼットを帯同させたのに……。

 

〈……これは、まだ確証を得ていないが……。バオアン平原で収穫された農作物は、謂わば毒を含む。いずれジーラント人は、タルールを放棄するだろう〉

「ええっ! そ、それは、やっぱり本当なのか!」

 

 ロナルドは、以前、アレクシスからその可能性の話を聞かされていた。その時は、偶然が重なっただけで、信じがたいことだと思っていた。

 

 タルールでは、その暑さと古代エアデーン人の土地改良で、年に二、三度収穫期を迎える。ジーラント人の食料問題解決の切り札とされ、入植者は増える一方だというのに!

 

〈タルールの森で採れたダーミィと、バオアン平原で採れたコーン、王国の人工栽培で採れたコーン、それぞれ実験動物ラットのカップルに食べさせた〉

 

 ロナルドは、研究に必要な物資をアレクシスに言われるままに調達した。確かにそのリストの中にラットとあったが、そういう実験のためだったのか……。

 

〈バオアンで採れたコーンを食べたラットのカップルだけが繁殖しない。理由はまだ判らない。だが何度やっても結果は同じだ〉 

「つまり、バオアンで採れたコーンは毒入りだと……」

 

 ロナルドはごくりと唾を飲み込んだ。

 

〈この実験結果だけではジーラント人も、折角入植したバオアンを放棄しないだろう。この毒についての証明が出来ればいいんだが。……今、証明方法を試行錯誤しているところだ。何れにしても、ジーラント人にタルールを放棄させる以上、俺は帝国領内で、食料自給率を上げる方法を探ろうと思っている〉

 

 初めて聞くアレクシスの計画に、ロナルドは戸惑った。

 

「ちょっ、ちょっと待て。それはリゼをジーラント帝国に連れていくということか?」

〈ああ。エアデーン人には過酷な暑さのタルール・シェグファ藩国から、過酷な寒さのジーラント帝国へ、リゼには悪いと思うが……〉

「それはダメだ!」


 ロナルドは叫んだ。

 

「リゼットは、弱いエアデーン人だ。リゼットをタルールに連れて来た私を非難した君が、同じことをするのか? 将来はエアデーンで暮らす。これが婚約の条件だ!」

 

 そう言いきってから、ロナルドは寝ているリゼットに気付き、トーンを落とす。

 

 ……あともう一つ、彼には忘れてはならない重要な秘密があった。

 

「君は本当はハイラーレーン。世が世なら、君は次代のエアデーン国王だ。もし君が復権して、リゼットが王妃になることがあったら、婚約を認めた私は、リゼットやエアデーン国民に恨まれるのかもな?」

 

 その指摘に、アレクシスは顔をしかめた。

 

〈オリヴァール国王陛下が上手くやってくれさえすれば、俺はずっとセイレーンを名乗るつもりだ。余計な苦労はさせたくない〉


 アレクシスも、リゼットには自身がハイラーレーンとは告げていない。出来れば、ずっとその事実を告げずにいたかった。

 

「そうは言っても、ハイラーレーンによって守られてきたエアデーン王国だ。いつか君が表舞台に立つ日が来るだろう」

〈その時は、全力で守るつもりだ〉

 

 ロナルドは、アレクシスの決意を宿す瞳を見た。

 

 彼の娘に対する、深い愛情を感じた。

 ……十六才ながら、一人娘を託すに相応しい相手だと、認めざるを得ない。

 

 ロナルドは諦めに似た、ため息をついた。

 

「さっき聞いたハイラーレーンの力。凄いな。そんな不思議な繋がりで結ばれている絆もあるんだな。本来なら、ただの臣下の一人である私がどうこう言えることではない。私の反対ごときで切れる絆ではないんだろ? これでもアレクシス、君のことも息子のように思っているんだよ」

 

 そう言ってロナルドは、アレクシスの肩に手を置いた。

 

 ジンシャーンに来たときは自分と同じ位の位置にあった肩。まだ少年っぽさが残るが、立派な若者になった。

 

「ジーラント人がタルールから撤退するなら、私も王国に帰れるだろう。リゼットと王国で待っている。必ず迎えに来てやってくれ。なるべく早めにな」

 

 アレクシスは、婚約を条件付きで認めたロナルドに、深々と頭を下げた。

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