第三章 アレクシス16才、リゼット14才

第20話 卒業

 ジンシャーンにあった「神の石」の解析はほぼ終了した。

 ただひとつ、「トゥルールー」という名前のフォルダだけ、なぜかパスコードを要求してきて開けなかった。

 そのパスコードにはヒントがついており、それは「星の名」と記されていた。「神の石」で検索するが、アレクシスには見破れない設定で検索結果表示から除外されているようだった。

 

 

「星の名前ねぇ~。普通にエアデじゃないの? ほら、古語で大地とか。それから来てるんでしょ? エアデーン人とか、エアデーン王国とか」

 

 とリゼット。……それはアレクシスも試した。三回失敗したらロックがかかりそうで、派生系の入力はやめておいた。もう二回しか間違えられない。


『星の名前? んなもん考えたことないね』

 

 とヴィクトル。……アレクシスは『お前に聞いた俺がバカだった』と、ヴィクトルの肩をポンポンと叩いた。

 

〈タルール人にはわからないはなしですわ。アレクシスさま。ほしってなんですか?〉

 

 とスー。……原住民にヒントがあるわけなかった。

 

 

 フォルダ名が微妙に「タルール」に似ている気がする。アレクシスの推察だが、星の入植者たちが、ここ「トゥルールー=タルール」について残した記録のような気がしている。

 

 入植者たる古代エアデーン人は、この星を何らかの名前で呼んでいて、それは入植者ならば当然のごとく知っている「星の名」なのだ。

 

 

 タルールといえば、最近気になることがある。

 

 アレクシスたち学校に通う子どもは、ほぼジンシャーン居住区の敷地内で暮らし、外には出ない。

 だが、大人たちは仕事をしに「バオアン平原」と呼ばれるジンシャーン敷地外の農耕地へ出て、自分達と本国輸出用の農作物を作っている。作物の種類によっては、一年で二~三回収穫できるものもある。

 

 ……なぜ、古代エアデーン人はこの肥沃な大地を開拓しておいて、放棄したのか?

 

 

「それは、タルール人から土地を奪っちゃ可哀想って思ったんじゃないの?」

 

 とリゼット。……タルール人贔屓が相変わらず激しい。

 

『そりゃリゼット見てたら分かるだろ。暑さでチーンだよ!』

 

 とヴィクトル。……とりあえず殴る。

 

〈タルールにとってこのへいげんは、いらないとちですわ。タルールはもりのたみですから〉

 

 とスー。

 

 

 そうなのだ。タルール人は、森の民。

 ジャングルに生える大きな木の根を利用した繭のような家に住む。

 度々やってくる「星の嵐」と呼んでいる大きな嵐から、ジャングルはタルール人たちの家を守る。家を覆う特殊な苔が明かりにもなるし、浸水しないようにコーティング材ともなるらしい。

 

 だから、木の生えない「バオアン平原」は、タルールにあって異常な土地だ。それが気になった。

 

 かつて古代エアデーン人が行ったであろう大規模な土地改良のせいで、この土地には土着の木が育たなくなったのではないか?

 

 この二つの問いは、ロナルドにも分からないらしい。

 解析が終わった今、もう今のアレクシスの興味は「神の石」から離れていた。

 

 居住区の外「バオアン平原」を見たい。タルールを知りたい。 

  ……もしくはその答えが「トゥルールー」のフォルダにあるはず……

 それは確信に近かった。

 

 

*** 

 

 

 アレクシスがジンシャーンにやってきて、さらに一年がたった。

 アレクシスは十六才、リゼットは十四才になった。アレクシスは夏前に中等部を卒業した。

 

 ジンシャーンの帝国人の為の学校は、基礎教育である中等部までしかない。

 高等教育を受けたい者は本国へ帰っていったが、ジンシャーンで暮らす帝国人は、農家の子弟が多く、殆どの者が中等部を卒業後、家業の手伝いのためジンシャーンに残った。


 リゼットはアレクシスと離ればなれになることを最初こそ嘆いて、飛び級して一緒に卒業することをほんの一瞬狙ったようだが、すでに王国人の下駄は外れ、(アレクシスから見て)低レベルな内容に満足していたから、もう飛び級は難しかった。

 

 アレクシスは本格的に、タルールの謎の解明に着手することにした。

 

 「バオアン平原=要らない土地」とタルール人が呼ぶ、ジンシャーンから北に広がる広大な草原地帯。

 

 ジャングルの形成が抑制された、神々の息吹が色濃く残るこの地について知ることが、食料生産者として働き始めるペールチームの仲間のためになると考えた。

 

 

 ***

 

 

 ここへ来てヴィクトルが正体を明かした。自分は帝国第三皇子、ヴィクトル・オレーゴヴィ・ジーラントだと。 

 アレクシスの母ミランダは、皇帝オレーグの妹だ。つまりヴィクトルは、アレクシスの同い年の従兄弟だった。

 

 アレクシスはそれを聞いて、ヴィクトルの持つリーダーとしてのカリスマ性や、豪胆で、自由奔放な性格や態度など、色々と納得した。


 ヴィクトルは以前、『父親に「社会勉強」するよう言われてタルールに来た』と言っていたが、詳しい事情をアレクシスに説明した。

 

 

 

 ……第一皇子セルゲイと、第三皇子ヴィクトルを産んだ正妃ヴィアンカは、皇后に即位する前に亡くなった。

 

 現在、帝国は第二皇子イーゴリを産んだリュドミラ皇后の親族が権勢を握っている。皇后の兄が帝国宰相であるし、その息子ミハイルは、タルール・シェグファ藩国と交渉し、バオアン平原を租借地とした立役者であり、駐タルール総督だ。

 

 即位して間もない皇帝は、まだ未成年の第三皇子ヴィクトルを、タルールに「社会勉強」として派遣した。

 ……これを聞いた皇后一派は、ヴィクトルが皇太子争いから脱落したと喜んだ。

 

 だが皇帝は、母を亡くした当時十二才のヴィクトルを呼び出して、ひそかにこう言った。

 

 ……中等部卒業までは、ただの「ヴィクトル・オレーゴヴィ」として過ごしてよい。ただし、その後はタルールの統治について、ミハイルとは別な視点から、独自に見聞を深め、報告せよ。どの息子を立太子するか、お前が十八になり、成人してから判断する……

 

 

 

 今のところ、ペールと、女子たちとの遊びしかしてなさそうに見えるヴィクトルだが、

 

『という訳で、目下、社会勉強中だ!』


 と、胸を張って言った。

 

 

 ***

 

 

 アレクシスは自分のことは明かさず、リゼットの従兄で通した。

 ただ正体を明かしてくれたお礼に、少しばかりの秘密の暴露として、「グレーンフィーン」の称号はないが、リゼットの従兄なのでタルール人と意思疎通ができることを明かした。

 

 これを聞いてヴィクトルは喜んだ。

 帝国人のヴィクトルはタルール人と意思疎通が出来ない。

 タルール人の発声器官から発せられる音は、動物の鳴き声のようにしか聞こえない。ジーラント人には、タルール人同士の会話は、一見、ただじっと見つめ合っているように見える。

 タルール人のつぶらな瞳の動きと、ジェスチャーが頼りでは、彼らのことを知りたくても知れない状態だった。

 

 ヴィクトルはアレクシスに「社会勉強」の手助けを頼んだ。 

 もう自身の興味がバオアン平原に移っていたアレクシスは、一も二もなく手を取り、二人はその後、一緒にタルール中をあちこち出掛けるようになった。

 

 帝国人が本国で乗る「リーフォス」と呼ばれる空を飛ぶ翼竜は、暑さに弱くタルールでは冬の間しか活動できないため、寒さにも暑さにも強い巨大馬「トゥルジェ」に乗って移動した。

 

 

 これを聞いてリゼットは羨ましがり、アレクシスが帰ってくるとその話を聞きたがった。……あまり相手をしてやれなかったが。

 

 ロナルドもまた別な意味で羨ましがった。

 ロナルドは一般的な体力の王国人なので、通常の馬の二倍の体格があり、姿勢制御の難しい巨大馬には一人では乗れない。

 

 さらに太っているので、タルール人の乗る「エーミャ」と呼ばれる駝鳥にも乗れず、体の大きな帝国人と巨大馬に二人乗りするのは、馬が嫌がるから出来ない。

 

 仕方がないので、牛のような犀のような「ダバー」と呼ばれる牛犀が牽く車、通称「牛犀車」に乗ってゆっくり移動するしかなく、一日の移動距離はいくらも稼げないらしい。

 タルール・シェグファ藩国の藩都ルオフーに行く時は、船と牛犀車を使って往復五日間の行程となる。

 スタミナとスピードがある巨大馬なら、陸路で往復二日で行けるのだそうだ。

 

 アレクシスは、そんなロナルドに一言

 

「なら牛犀のために、もうちょい痩せてやれよ?」

 

 と言った。

 アレクシスには、もうグレーンフィーン家の者に対し、遠慮のようなものは欠片もなくなっていた。

 

 

 リゼットは、父から初めてそのような苦労話を聞いた。

 王国人がタルールで仕事をするには、タルール人と意思疎通が出来るだけではダメで、体力も必要なのだと改めて思った。

 リゼットもタルールで暮らすことになる自分の将来について、漠然と考えるようになっていた。

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