マンガ

弱虫ペダル:何もかもが変わって行くよ

 アマゾンにて無料だったので、渡辺航さんの「弱虫ペダル」を四十巻まで読んだ。

 高校の自転車競技部を舞台としたスポーツマンガなのだが、最近その手の作品を読んでいなかったため、いくつかの驚きがあった。

 スポーツマンガは半世紀前からあるジャンルのため、もはや新鮮味のある作品などは出てこないと思っていたが、まだまだ時代を重ねるごとに、新しいタイプの作品が現れてくる。

 新しいこと自体に意味はない。古かろうが新しかろうが、おもしろければよい。

 ただ、新しさがプラスにはたらけば、今までにない興奮を味わえる。


 読んでいて、無駄のなさから来るテンポの速さに新しさを感じ、自転車で坂道を下るような疾走感を味わえた。

 作者が見せたくて、かつ、読者のニーズのある場面以外を極力排す姿勢を、一昔前のマンガより強く感じた。

 伏線で勝負せず、話の本筋に関係のない枝葉はわずかしかない。

 物語の舞台に関して書けば、合宿とインターハイ以外の描写が少なく、家や学校での日常生活が省略されている。

 また、人物について言えば、選手間のやり取りがクローズアップされており、顧問を始めとした大人がほとんど話に絡んでこない。

 私が今まで読んだ作品の中で一番、顧問と生徒という縦の関係が描かれておらず、その点に読後、若干の不自然さをおぼえたが、読んでいる間は気にならなかった。


 弱虫ペダルは無駄がないので、話の骨組みがはっきりと見え、速く走ることを追及した自転車のような作品である。

 たとえば、インターハイの構成を見ると、新しいキャラクターの登場と活躍、その過去・背景の描写の繰り返しで話が進む。

 結果、余白がなく、読者は想像力を働かせにくいが、非常にテンポの良い作品になっている。


 ほかに感じたこととしては、主人公と巻島の先輩・後輩関係も、今までクローズアップされて来なかった軸だ。

 顧問との縦の関係、同級生・ライバルなどの横の関係というのは、これまでのスポーツマンガでもよく描かれてきたが、先輩・後輩がもつ、友情とは違う独特の感覚を表現した作品はあまりなかった。

 先輩が引き継いできた思いを後輩が受け継いでいく様について、ここまで自然に描けたマンガは読んだことがない。

 理想的な先輩と後輩の関係というのは、あまり注目されて来なかった。

 ただし、昔の作品でよく描かれてきた、新入生と先輩の摩擦については、弱虫ペダルでは描写が最小に抑えられている。

 前の世代までにあった顧問・先輩・後輩という縦の軸が、今の少年漫画の主要読者の世代では変容しており、それが反映されているのだろう。


 あと、弱虫ペダルの特徴としては、基本的に悪人は出てこない。

 例外は広島の待宮ぐらいだが、その彼も、抱えている事情や仲間たちとの信頼関係がのちに描かれている。

 御堂筋が作品世界の中での悪役と言えるのだが、彼は悪人というよりも純粋さが肥大化した人物と見たほうが適切だ。

 主人公と御堂筋との関係は、ライバルという面よりも、純粋さが違う方へ向かった同種の人間という面が強調されている。

 御堂筋には主人公にない良さがあり、主人公には御堂筋にない気持ち悪さがある。

 この二人の関係も、昔のスポーツマンガには出てこなかった。



 無駄を排して、先に先へと読ませる力、疾走感がないと、短い動画を好んで視聴する読者層に、長編のマンガを読んでもらうことは難しい時代だ。

 そういう現在の世情に弱虫ペダルはうまく対応できている。

 そして、同じ対応が、小説にも求められている。

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