人間臨終図鑑1:人間は死ぬのにも骨が折れる

 山田風太郎の「人間臨終図鑑1」を再読した。徳間文庫から出ている。

 なお、Amazonのプライム会員なら無料で読める(期限不明)。


 著名人の死にざまが満年齢順に描かれているのだが、それぞれが一個の短編を読むように楽しめる。

 とくに、ラスプーチン、梅原北明、サヴィエル、夢野久作はその観が強い。


 病死はいいのだが、殺人や事故死の描写は、読んでいると思わず顔が歪む。

 感情を抑えた筆致のために、痛みがダイレクトに読者へ襲いかかってくる。

 死の様子を引用で描写することが多いのだが、その配置が絶妙。

 

 全体を通して感じたのは、人間はなかなか簡単に死なないし、死ねないということだ。

 人生に行き詰まったら死ねばよいと考えている人は、読むと考えが変わるかもしれない。

 行き詰っても死ねなかったらどうしようと、真剣に考えるかも。

 結局、懸命に生き抜くのが、いちばん楽な死に方なのだろう。

 生まれ落ちた環境や、自分の持って生まれたものから逃げても、人生はうまく行かず、心の安らぎは得られないようだ。

 


 以下、個別の感想に入るが、いちばん怖かった描写は、二十七で死んだ石川啄木。マンガにしてほしい。

『部屋にはいると、しゃれこうべのような啄木の、眼、鼻、口がただの穴のように見え、その穴の一つが、「たのむ。……」と、からっ風のような声をもらした』

『よく安らかに眠れるという風のことをいうが、彼の死顔はそんなではなかった』


 同じく二十九で刑死した吉田松陰は、その遺体の扱いがひどく、これが彼の弟子たちに与えた影響は大きいと思う。

 尊王攘夷という目に見えない思想よりも、師の無残な獄死のほうが、討幕の起爆剤になっただろう。

 また、師を悲惨な死に追いやった幕府になら、何をしても許されると思ってしまったことが、明治維新・明治政府の暴力性を強めたのではないか。



 享年三十四のアレクサンドロス大王。

 彼が死ぬ前に後継者を問われて、「最もそれに値する者に」というようなことを言った。

 真偽不明の有名な言葉だが、それに対して山田は、『アレキサンダー大王にしては、何だかつまらない遺言である』と書いている。深く同意。



 享年三十八の宮沢賢治の項で山田は、実に身も蓋もないことを書いている。

『彼自身は自分の詩や童話の独自性や芸術性をかたく信じていたといわれるが、これはどんな三流詩人も同様に確信しているにちがいないから、特筆するには当たるまい』



 享年三十八とされる荒木又右衛門は、敵討ちのすけ太刀だちをしたあと、すぐに死んだことにされ、敵からの復讐を逃れた。

 ちなみに、吉川英治の「宮本武蔵」がはやるまで、日本一の剣豪は又右衛門だった。



 享年四十の太宰治の項では、『自分で自分の独り相撲に負けて死んで行かねばならなかったのではなかろうか』という、古谷鋼正の言が引用されているが、これはほとんどの人間に当てはまる話だ。



 享年五十の唐人お吉の人生は、哀れの一言。歴史と俗人に犯された。

 四十四で狂死したモーパッサンの「青紐」を思い出した。



 最後に、得た雑学を二つ。

 一つ目。

 五十で事故死したマーガレット・ミッチェルは、大長編「風と共に去りぬ」をラストから書いた。

 二つ目。

 八代はちだいやま浅右衛門あさえもん吉亮よしふさは、十七から家業に従事している。

 江戸時代に山田家は、御様おためしようを務め、死刑執行人を兼ねていた。

 なお、ウィキペディアの山田浅右衛門の項はお薦め。よい暇つぶしになる。

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