第2話 不動

 町外れにある寂れた酒場の一席。粗暴な客達による喧噪の音を聞きながら、コーデリクは一人静かに酒を飲んでいた。


 混み合った酒場の中で、コーデリクの周囲の席だけが異様な静けさを持っている。


 荒くれ共も皆わかっているのだ。彼が何者であるかということくらいは……。


 皆が彼を警戒する中、スキンヘッドの男がコーデリクに近寄ってきた。


 彼はニヤリと男臭い笑みを浮かべると、コーデリクに一本の酒瓶を差し出す。


「これは俺の奢りだ ”不動”。今回は助かったぜ、また頼むわ」


 差し出された酒瓶をコーデリクは無言で受け取り、そのままコルクを引き抜くと一気に中身を飲み干した。


 その、あまりにも豪快な飲みっぷりに、スキンヘッドの男は恐れ入ったとばかりに口笛を吹く。


「酒の強さも大したもんだ……どうだい不動、お前正式にうちの団員にならねえかい?」


 スキンヘッドの男の名はロベルト。この酒場で飲み会をしてる傭兵団の団長だ。


「悪いな、俺は誰かの下に着く気は無い……。まあ、お前の所は金払いが良いからな、また何か会ったら遠慮無く呼んでくれ」


 コーデリクの返答に、ロベルトはがっくりと肩を落とした。


 今回、フリーの傭兵であるコーデリクと戦場を供にして、彼の強さを目の当たりにしたロベルト。


 ”不動” の異名で呼ばれるコーデリクは、全身を分厚い板金鎧で固めた重戦士だ。


 通常全身鎧は、その防御力は他の追随を許さないが、鎧の重さでまともに動く事ができない。故に全身鎧を身に付けての戦闘は騎乗戦が主となる。


 鎧の値段と馬の値段を考えると、流れ者の傭兵で自分の装備に板金鎧を選択するものはまずいないといっていいだろう。


 そんな中、”不動”は全身鎧で、かつ馬に乗らないという奇妙な戦闘スタイルで有名なフリーの傭兵だった。


 まともに動くことすら困難な金属製の鎧を身に纏い、まるで重量など感じていないかのように軽々と動き回るその姿はまさに異形。


 敵の攻撃魔法ですら彼の防御を突破することが出来なかったという眉唾の伝説も相まって、”不動”のコーデリクの名前は瞬く間に傭兵達の間に伝わっていった。


「しかしわからねえな不動。お前ほどの実力があれば、どこの国でも正式な兵士としてやとってくれるんじゃねえのかい?」


 純粋な疑問。


 傭兵なんてなりたくてなるような奴はほとんどいない。金で雇われた使い捨ての駒で、世間での認識は野党よりはわずかにマシといった程度の荒くれどもだ。


 あれだけの実力、知名度で何故コーデリクはフリーの傭兵などに収まっているのだろうか?


「さっきの話と同じさ。俺は誰かの下に着く気はない……それが国であってもな」


 そしてコーデリクは立ち上がった。


 座っていた時も感じていたが、立ち上がると目の前に壁が立ちふさがったかのような圧迫感を感じる。


 見上げるほどの背丈、彼の頭は酒場のボロボロの天井に届きそうなほどだった。


「世話になった。俺はそろそろ行く」


「そうかい、またな不動。仕事で敵同士にならない事を祈るぜ」


 そしてコーデリクが酒場を後にしようと出口に向かった時、古びた木製の扉が勢いよく開かれ、小さな人影が酒場の中へ飛び込んできた。


「誰か……助けて!」


 ぶかぶかなコートについたフードを目深に被っており、顔は判別できないが、その体躯と高い声音から女性であるらしい事がわかる。


 目の前の女性に、コーデリクが何か声をかけようとしたその時、扉から複数の男達がズカズカと入り込んできた。


 その男達は、酒場にいる傭兵達とは違い、小綺麗な服を身につけていた。人数は5人。何かしらの戦闘訓練を受けているのだろうか? 服の上からでもその体の隆起した筋肉が確認出来る。


 先頭に立っていた男が酒場をぐるりと見回すと、馬鹿にしたように鼻を鳴らして女の元まで歩み寄ってきた。


「我々から逃げられると思ったか? さあ、さっさと来るんだ。この下品な空気は肌に合わん、さっさと退散したいのでな……手を煩わせてくれるなよ?」


 男の、この酒場にいる全員を馬鹿にしたかのような発言に、血気盛んな傭兵達が殺気立つ。 そんな短気な傭兵の誰よりも先に動いたのはコーデリクだった。


 事情は全くわからない。しかし、目の前の男達が自分と相容れない人間だと言うことは見ただけでわかったのだった。


 女を庇うようにして男達の前に立ちふさがったコーデリク。その圧倒的な巨体に、男達は一瞬たじろぐが、リーダー格であろう先頭に立っていた男が気を取り直したように高圧的な態度で声を発した。


「邪魔だデカブツ。我々はそこの娘に用がある……我らは貴様らとは違って正式に戦闘訓練を受けているプロフェッショナルだ。変な気は起こさない方がいい」


 リーダー格の男の態度に落ちつきを取り戻したのか、取りまきの一人がコーデリクに絡むように一歩前に出てきた。


「隊長の言うとおりだぜ! なんならそのご自慢の筋肉で試してみるかぁ?」


 明らかに馬鹿にしたその言葉に対して、コーデリクの返答はシンプルだった。


 前に出てきた男がコーデリクの間合いに入った其の瞬間、その巨大な右拳を相手が反応できないスピードで叩き込む。その威力は絶大で、鍛え上げられた大人の男一人がまるでボールか何かかのようにポーンと宙を舞った。


 重力を無視したかのようなそのあり得ない光景に、周囲の人間は皆ポカンと口を開けてその光景を見ている。


 そして、その隙を逃すようなコーデリクではなかった。


 戦場では重量のある板金鎧を身に付けているコーデリク。もちろん何も身に付けていない今の状況での機動力は戦場での比では無く、その巨体からは考えられない速度で男達に接近すると、そのまま全員を巻き込むようにして体当たりを喰らわした。


 それを一歩引いてみていたロベルトは、あちゃーと右手をその禿げ頭にのせる。


「……不動の体当たりかよ…考えたくもねえな」





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