太陽深海耐久訓練
パイロットとして肉体の強化は必須と言える。
特に耐G耐性は必須だ。
ネクシルシリーズは量子回路の搭載によりネェルアサルトを使って光速に近い速度で戦闘が可能であり機体の加速度は3億Gに迫る事もある。
その時のコックピット内のGは100になるように“加速度変換”や“加速度操作”により調整されている。
ゼロにする事もできるが加速度を感じた方が体感的で官能的に機体の操作ができる為にGは態と残している。
それに加え、過度にこれらのスキルに依存した場合、敵の術妨害が起きた場合、これらのスキルの能力が低下し易くなる可能性がある。
そこで機能を完全に0Gにするのではなく、限定的にGの減少に留め、残りのリソースを対妨害に当てている為、結果的に100Gと言う原則が生まれたとも言える。
尤もそれでも絶対に100Gを保てるとは限らないので敵に完全に妨害をされた場合でも生身の3億Gに耐える訓練は必須だとアリシアは考えている。
そして、彼女と言う壊れ気味な女はそれを現実にする為に最も合理的と判断できる手段を何の躊躇いもなく行ってしまう。
それが通称“太陽深海耐久訓練”と名付けられた狂人の極致みたいな訓練だった。
「……」
アリシアは黒いダイレクトスーツ姿で深海にいた。
この深海はただの深海ではなく深さはマリアナ海溝の7倍深く、その海は太陽の7倍の質量がある惑星の上にある為に地球の平均水圧の約770倍の圧力がかかった漆黒の世界でありあまりの水圧の高さから微生物ですら自らの細胞の自重で圧壊してしまう程の死の世界の権化のような世界にアリシアは1人立っていた。
「……」
何も言わない。
言わないように心掛けている。
体中は全身の至るところをハイヒールで潰されるような痛みがあり今にも発狂しそうだが、発狂してそれを声に出したなら一瞬で自分が死の世界に呑まれると理解しているので絶対声は出さない。
今のアリシアはWNによる生命維持に一切頼らず己の鍛え上げた肉体と水圧を跳ね除ける程の空気とその圧力を維持するだけの筋力と横隔膜で耐えている。
肉体の酸素の消費効率を極限まで上げた状態でこの空間にいるのでこのまま何もしないなら1年くらいは留まる事ができる。
ここで訓練する事で全身に隈なく押し寄せる水圧の負荷により全身の細胞が強靭になり内蔵や脳に至る全ての部位を鍛える事ができる。
脳は脂肪で出来ているが脂肪で構成された神経細胞も多いのでこの方法なら理論的には全身が鍛えられ、結果的に血管や各種臓器の機能の耐久値が上がり耐G耐性が身に付くと言う寸法だ。
だが、ただ、立っているだけでは訓練にならない。
「……っ!」
アリシアは苦悶の表情を浮かべながら海底に造られた鉄棒にぶら下がり両足には子供の頭くらいの太さがある引張コイルバネをゆっくりと引き上げる。
ダイレクトスーツ越しにアリシアの背筋が隆起するように躍動する。
バネから伝わる力みをゆっくりと感じながらゆっくりと体を引き上げ下ろす。
これをバネが断絶するまで永遠と繰り返す。
タイムリミットとしてはアリシアの活動限界までなので1年以内には折らないとならない。
「……っ!」
力みと全身の激痛がとにかく痛い。
それでも水の中で恐怖に呑まれ冷静さを少しでも欠けば一気に死に繋がる。
極限まで意識を集中させ、体に最大限の負荷をかけ、バネに負荷をかけていく。
暗闇の中で恐怖に呑まれないように耐えるのも忍耐と言う修行の内だ。
それを妥協しないようにアリシアは使えるWNの量も制限している。
この暗闇の恐怖と肉体にかかる負荷に耐える事で発生するWNを使って水と栄養素を補給し排泄まで行っているのだ。
故に生命維持に直結する作業の為に妥協できない。
更に常に体を動かさないと体温が下がってしまうので凍死する。
故に生き残るには常に動き続けないとならない極限状態だった。
「……っ……っ!」
何度も苦悶の表情を浮かべる。
この痛みで頭がどうにかなってしまいそうな程に……恐らく、この苦労が分からない人間がいるなら「自分も同じ環境を与えられればできる」とでも言うだろうがそこまで甘い話ではない。
そのような浮付いた考えを持つ軟弱、漸弱、惰弱な考えを持った人間がここに至るまでの過程で死ぬだろう。
精神が発狂し命乞いをする程に……寧ろ、生きている事を後悔するような苦痛を味わい、死を乞うだろう。
人間のような環境に左右されて意見や主張を変えるようなか弱い生き物が生きられるほどこの環境を決して甘くはない。
本当に人を“生かす”事に全てを捧げ日々命がけの戦いに身を投じられる者だけができる狂気の所業なのだ。
阿修羅すら超越せねば土台無理だ。
そんな屈強で精強な鋼の精神を以てアリシアはバネを断絶させ破壊した。
ここまでに約1年かけたが体は満身創痍だ。
全身の血管が浮き出て心臓の辺りが顕著に脈打っているのが非常に生々しくどこか凄惨さすら感じさせるほどだった。
だと言うのにアリシアは平静を装い痛がる素振りすら見せない。
アリシアは自分の事を可哀そうだとかこれが誰かを生かす上での犠牲とかそう言う風には考えていないただただ、当たり前の事であり当然の事のように受け入れているのでこの痛みがただの苦痛ではなく誰かを生かす痛みだと考え、寧ろ歓喜すらしていた。
アリシアは海上から伸びるロープに捕まり両足に使った鉄棒とバネを括りつけて開脚し腕の力だけでよじ登っていく。
77000m以上の距離を腕だけでそれも770倍の水圧がかかる中のよじ登るのは最早、尋常ではなくそれを平然とやってのけるアリシアは同じGG隊のメンバーから見ても化け物の部類の人間になっており日が経つ毎にその差がどんどん如実になっていた。
海面に上がったアリシアは海上基地のような施設に向かって足を振り上げその反動で使って海面から上がり使った器具と共に基地の上に上がった。
「はぁ……はぁ……」
肩から息が上がり、体が火照る。
だが、アリシアに休み暇などない。
体に鞭を打つように這い上がると脚についた荷物を外してそのまま基地内のシュミレータールームに向かう。
本当に耐Gが強化されたか確認する為だ。
結果……
10%向上したが規定値には達していない。
と言う結果が出た。
アリシアは躊躇わず海に飛び込んだ。
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