イキモノ ズカン

夢星 一

陸のイキモノ

ハリナシハリネズミ

 ハリセンボンのような皮膚をしたネズミを見つけたら、触らずに放っておくこと。下手に手を出すと、その時は害はないが、数か月後にお礼参りが来ると思っていたほうが良い。


 ハリナシハリネズミは、「針なし」と書く。

 いや、普段は針はあるのだけれども。

 針ありの時は他のハリネズミと何ら変わらないから見分けられない。見た目が全く一緒だから、よく似た名前がついているけれど、別の生き物と捉えるのもよいかもしれない。

 主な生息地は、夜にベランダから流星群が見れる程度の田舎。近くに裏山など豊富な自然があれば、高確率でいる。庭に出現する目撃例だってある。普通のハリネズミとの違いの一つがこれだ。そもそもふつうは日本には野生なんかいない。(もちろん例外もあるだろうけれど)

 だから、もしも庭にかわいらしいハリネズミがいたら、怒らせないように、不快な思いをさせないように気を使うべきだ。



 とある田舎に、ヤンキーになり損ねた不良もどきがいた。バイクのエンジンで音楽を奏で、ベランダから下の階に唾を落とし、拡張のし過ぎで小指が入るようになったピアス穴を、後輩に見せつけるような男だ。

 そんな不良が学校をさぼって、家でゲームをしていた。あまりにも負け続けるものだから、苛ついて一服しようと庭に出ると、不思議な生き物がいた。それは、ハリセンボンのような、ぞっとする皮膚をしたネズミだった。


「きっしょ!!」


 不良は声を上げた。そのネズミは、瞳こそビーズのように丸くてかわいいものの、その皮膚は見ていて鳥肌が立った。ネズミはそのまぁるい目で不良をジッと見た。数秒間、ジッと見た。恋でも始まりそうな長さだった。


「まじキモイんやけど」


 不良はもう一度吐き捨てて、家の中に戻った。タバコを吸う気も失せたようだ。


 それから数か月が経った。

 また不良は学校をさぼっていた。ゲームで20連勝したので、祝いがてらに一服しようと思って庭に出ると、ハリネズミがいた。


 野生のハリネズミなんかいないはずの田舎だったから、不良は首を傾げた。ハリネズミは不良を見つけると、トコトコと近づいてきた。


「うわ、こっち来んなや。きったね」


 野良の生き物なんか汚いから。案外潔癖らしい不良は、ハリネズミを遠ざけようと箒でつついた。

 ハリネズミは、意外な俊敏さでその箒の柄を駆け上り、不良の腕を登り、肩まで走った。



 ビックリして目を丸くしている不良の前で、針がはじけ飛んだ。




 これが、ハリナシハリネズミと、普通のハリネズミとの一番の違いである。

 彼らは賢く、自分への悪口が大っ嫌いだ。自分たちに害をなす奴は、失礼な口をきく奴は、皆々針まみれにしてやるのだ。

 やり方は簡単。恨みと力を込めて体を固くするだけ。それだけで、クラッカーのように針ははじけ飛ぶ。


 この不良はまだ運がよかった。顔にピアス穴をあける手間が省けた程度で済んだ。口こそ悪かったものの、蹴り飛ばしたりはしなかったからだ。

 別の国で、彼らをボール代わりに遊んだ挙句、針を折って焼きマシュマロを作ろうとした馬鹿がいたが、全員失明した。

 死亡例だってある。


 だから、実はハリナシハリネズミは危険なのだ。

 針はおよそ一か月で生え直すが、針がないからって好き勝手して良いわけではない。電車のシート裏に張り付いたガムのように、しっかりと覚えていて、必ず仕返しに来るからだ。



 厄介なのは、まれにペットショップに、普通のハリネズミとして紛れ込んでいることだ。なんせ見分けがつかないのだから。

 確かめるために怒らせてみる、ってのもずいぶんリスキーだし……。


 まあ、生き物は怒らせないほうがいいよ。普通に。

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