74話 登校日は終わるけれど
週明け。いよいよ今週で通常の登校は終わりになる。
野球部の後輩たちに挨拶しておいたほうがいいかもしれない。
「お前とも長いつきあいだったな……」
「もう一生会えないみたいな言い方はやめてくれ」
朝の教室で、俺は守屋と話していた。野球を引退した彼もすっかり髪の毛が伸びた。
「なんだかんだで楽しかったよ、お前のボール受けるのも。あんな速球、なかなか経験できないだろうし」
「最後まで一緒にいられなくて悪かったな」
「まーた謝ってやがる。いいってことよ。お前にチームを背負わせてた分はホームランで返せたかね」
「あれは最高だったぞ」
夏の大会、初戦。五十鈴と一緒に見に行った唯一の試合。
守屋がホームランを打ち、片倉が抑えて1対0で勝った。一番印象深かった。
「俺はこれで野球辞めるけど、何人か大学で続ける奴もいるみたいだぞ。
最近まったく話せていないチームメイトの名前。彼らとも疎遠になってしまっている。
「俺も、怪我さえしてなきゃ去年の秋にドラフトで指名されてた可能性もあったんだよな……」
「絶対あった。なんとなくさみしい気持ちで見てたよ、ドラフト会議」
二人で遠い目になる。
「でも、怪我しなかったら玉村さんとああいう関係にはなってなかっただろうし、難しいんじゃないか?」
俺はうなずく。どちらが幸せか。方向性が違いすぎて単純な比較はできない。
「でも、今は間違いなく幸せだぞ」
「リア充め」
「つ、冷たい……」
「ははっ、冗談だ。この先も仲良くやれよ。結婚式は呼んでくれ」
「結婚式か……」
「友人代表のスピーチをやってもいい」
「そうなったらほんとに頼むかもな」
「今から文章考えとくか」
守屋は面白そうに笑った。高校を卒業したらなかなか会えなくなるだろう。それでも、守屋との関係だけは続けたい。俺が野球部でもっとも信頼している仲間なのだから。
†
「ほしい写真は持ってってねー」
新聞部の
「なんか、今までと違う感じするよね」
女子が盛り上がっている。中心にいるのは、一緒に清明祭の屋台をやった水野さんだ。
「新海君が映ってるからじゃない?」
水野さんの発言に、女子グループが「それだ!」と賛同する。そして、みんなこっちを向く。
「な、なんで俺?」
「だって、一、二年の頃の写真ってどこにも新海君いなかったもん。身長高いから写真だと存在感あるんだよ。でも、去年まではそういうのがなかった」
「同感でーす」
「新海君けっこう決まってるよね」
「意外に堂々としてる」
女子グループの勢いに俺は苦笑いするしかない。確かに、春までの俺はカメラを避けていた。写真に撮られても気にならなかったのはグラウンドに立っていた時くらいだ。
「新海くーん」
光崎が近づいてくる。
「なんか、こうやって話すの久しぶりだな」
「つれなくされちゃって悲しいよ」
「べ、別にそんなつもりはないぞ? ただ、ほら……」
「他の女と仲良くしてると、彼女が不機嫌になるもんね?」
「まあ、そういうことだ……」
光崎はにへっと笑い、俺の左腕を叩いた。
「私、将来はスポーツカメラマンを目指してるんだけど、新海君の用事なら特別に飛んでくるよ。結婚式の写真撮ってほしいとか」
みんな俺と五十鈴が結婚するのを当たり前のように思っているんだな……。
「その時はよろしく」
「任された」
光崎はビシッとサムズアップを決めた。
†
二時間目のあと、片倉が保健室に運ばれたと五十鈴からメッセージが来たので、俺はすっ飛んでいった。
「あら新海君」
白衣をまとった鈴見先生が平然とした顔でデスクに向かっている。
「片倉が運び込まれたって聞いたんですけど……」
「バスケのボールが頭に当たったの。いま冷やしてるところ」
「大丈夫なんですか?」
「周りによると、クリーンヒットした感じじゃないらしいんだけど、やけに痛がるから一応連れてきたんだって。腫れてないし意識もはっきりしてるわ。でも一応様子見かな」
「そうですか……」
廊下側のカーテンを開けると、ジャージ姿の片倉が横になっていた。
「大丈夫なのか?」
「新海先輩、カーテンを」
「ん、ああ……」
カーテンを閉める。片倉が起き上がり、静かにしろとジェスチャーで指示をよこす。
顔を近づけると、片倉はひそひそ話し始めた。
「勝負に出たんす」
「なんの?」
「鈴見先生と話すっていう」
「そういやお前、狙ってたんだっけ……」
鈴見先生は二十代半ば。高校二年生の男子が相手では本気ととらえてくれないかもしれない。それでも片倉はお近づきになりたいようだった。
「やっとそれっぽい理由で保健室に来れたんす。なんとか話したいっすね」
「じゃあ、頭にボールが当たったってのは……」
「当たりに行ったんす。痛くない程度にコントロールして」
「やっぱ強いなお前……」
片倉は真剣な表情だった。笑い話ではない。重要なことなのだ。
「だったら、あんまり邪魔しないほうがよさそうだな」
「心配させちゃって申し訳ないっす」
「気にするな」
俺は戻ることにした。
「今年のチーム、頼むぞ。地区予選とかも絶対応援に行く」
「任せてください。……新海先輩にはピッチングのこと、たくさん教えてもらいましたね。必ず活かします」
「ああ、期待してる。どっちも頑張れよ」
「甲子園優勝&鈴見先生の彼氏になるルートが最強っすね」
「やってやれ」
「うっす」
片倉が大真面目に敬礼するので、俺もなんとなく敬礼を返した。二人でこっそり笑い合うと、俺は保健室を出た。あとは片倉次第だ。
†
「今日の夕方、いよいよ編集部の方とお話しします」
そして昼休み。俺と五十鈴は東棟のベンチに座っていた。
「こっちまで来てくれるんだったな。また話を聞かせてくれ」
「お母さんも早めに会社を出るそうなので、今日は一緒に帰れませんが」
「五十鈴の人生にとって大切なポイントだ。今日だけは俺を気にするな」
「いきなり大きなお仕事が舞い込んだらどうしましょう?」
「そういうケースはあるのか?」
「もう、冗談ですよ。そこは乗ってくれないと」
「いや、今のはわかりづらかったぞ……」
この場所で五十鈴の弁当を食べられるのも今週が最後。いろんな思い出が積み重なったものだ。
「先輩、お弁当がなくなるからって、お昼ご飯を適当にしてはいけませんよ」
「どうした急に」
「もう来週から三年生は登校しなくなるでしょう。わたしも先輩のお弁当を作らなくなるので……」
五十鈴はさみしそうだった。
「二人で遊びに行く時は、また弁当を作ってほしいな」
すかさず言うと、すぐに五十鈴の表情が明るく変わった。
「そうですね。まだお弁当を作る機会はいっぱいありました」
「これからも楽しみにしてるぞ」
「はいっ。さらにバリエーションを増やさなきゃ」
完食して弁当箱を返す。五十鈴がスマホを出した。
「先輩、ベンチの前に立ってもらえますか?」
「なんだ、撮るのか?」
「思い出の場所で、一枚」
「だったらお前も入らないと」
「でも自撮りだとうまく入らないので」
「撮ってあげよっか?」
割って入ってきたのは光崎だった。
「ちょっと気になって様子を見に来てたりして」
「そういう趣味はよくないと思うが……ま、今回はいいタイミングだったかもな」
「光崎先輩、わたしたちを撮ってくださるんですか?」
「もちろん。そのためのカメラだよ」
「では、お願いします」
「オッケー。じゃ、二人ともそこに並んで」
俺たちは言われるまま、ベンチの前に並んだ。俺の左側に五十鈴がちょこんと寄り添う。
「こうして並ぶと体格差すごいね。でもそこが君たちらしさか」
光崎はデジタルカメラを構え、位置を調整する。
「よしっ、いくよ」
「頼んだ」
五十鈴が小さく息を吐く。
シャッター音が響いた。
「完了っ! 玉村さん、まだ私の連絡先残してある?」
「もちろんです」
「じゃあ来月、どこかで渡しに行くね。新海君は彼女さんに見せてもらってよ」
「わかった」
「それじゃ、お邪魔しました」
軽く手を挙げ、光崎が引き返していった。風のような女子だ。
「心残りがなくなりました。よかった……」
「そのうち、制服の俺もレアになるしな」
「ええ。だからこそ残しておきたかったんです」
五十鈴は俺を見て微笑んだ。
「でも、あと四日はつきあっていただきますからね? わたしのお弁当、しっかり味わってもらいます」
俺も自然と微笑んでいた。
「心していただくよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます