71話 そわそわする五十鈴

 夏休みはあんなに長いのに、冬休みはどうしてこんなに短いのだろう。


 三学期の初日、俺はそんなことを思った。

 一月が終わったら、三年生はもうほとんど登校しなくなる。つまり五十鈴と毎日会えなくなるわけだ。弁当もなく、帰りの寄り道もなく……さみしい。


「わたしはいつでもつきあいますよ」


 昼休み。東棟のベンチ。俺たちは今日も一緒に弁当を食べていた。


「放課後、先輩とどこかで合流して遊ぶこともできますし」

「そうだな。時々そうするか」


 周りのクラスメイトも続々と進路を決めているが、大半はセンター試験を受けるようだ。期日も迫っているので、教室はちょっとピリピリしている。

 守屋も進学するようだが、野球はもうやらないと聞いた。


 一足先に合格をもらった俺は、けっこう気楽に構えていた。もちろん、学校から送られてきたテキストにはちゃんと目を通している。入学してからすぐ取り残されることのないようにしたいところだ。


 弁当を食べ進めていると、五十鈴の動きがやけに気になった。

 いつも静かに食べるからあまり意識することはなかったのだが。

 横目でこっそり観察すると、そわそわしているように見えた。足が動いたり体が揺れたり。


「このあとなにかあるのか?」

「え? どうしたんですか、急に」

「なんだか落ち着かないように見えたから」

「あ……態度に出てましたか……」


 五十鈴はほっぺを押さえた。


「実は……イラストコンテストの結果発表が近づいているんです」

「ああ、前に応募したって言ってたやつだな」

「はい。そのせいでずっと……」

「落ち着かない」


 こくっと五十鈴はうなずいた。俺も面接の結果がわかるまではドキドキしていた。気持ちはわかる。しかも五十鈴の待っているものは、即座に将来につながるかもしれないものなのだ。


「いつ発表ってのはわかってるのか?」

「一月下旬、とだけ書かれていました」

「具体的な日にちはわからないのか。それはますます不安になるな」

「まだ上旬ですし、気が早いのはわかっているんですが」

「賞をもらったらプロになれるんだろ? そりゃ緊張しないほうがおかしいよ」

「清明祭のポスターも、投票日はすごく怖かったです」

「自分の絵の価値が見えちまうわけだからな。でも、五十鈴は優勝したんだぞ。実力はあるってことだ」

「そうでしょうか……」

「おいおい、今日はお前のほうが弱気じゃないか」

「す、すみません。ナーバスになってるみたいで」


 五十鈴は大げさに深呼吸してみせる。

 いつもなら俺がネガティブなことを言って五十鈴に慰められるのだ。それがめずらしく逆転している。それだけ重大なことに、彼女は挑戦しているのだ。


「どんな結果だろうと、俺は五十鈴を応援し続けるぞ」

「先輩……」

「受賞したら一緒に喜ぶし、落ちたら励ます。ってのは、ちょっとよくない言い方か」

「いいえ。どちらの結果でも、そばにいてくれたら嬉しいです」

「もちろんいるとも。なんなら、結果発表は一緒に見よう」


 ようやく、五十鈴が微笑んでくれた。


「それはいい考えですね。賞のページが更新されたらすぐ先輩のところに行きます」

「ちなみにどんな絵を出したのか、そのうち見せてもらえるか?」

「スマホに入ってますよ。いま開きますね」


 五十鈴がスマホを操作して、俺に見せてくれた。

 漫画テイストのイラストだった。リアル寄りだった清明祭のポスターよりも人物に丸みのある絵だ。


「聖堂をイメージしたイラストなんですけど……」

「描き込み、めちゃくちゃ細かいな」


 聖堂の壁のヒビやステンドグラスに、五十鈴の執念が見える。目をこらせばこらすほど発見があるのだ。キャラクターの女の子もかわいらしいが、その背景へのこだわりがものすごい。


 たぶん、これは誰も使わなくなった聖堂なのだろう。床や壁にヒビがあり、イスも皮が破れている。その中にたたずむ、白いワンピースの少女。幻想的だ。


「これは獲る」

「えっ?」

「絶対に受賞する。俺は確信したね」

「そ、そうでしょうか」


 素直な賛辞だったが、五十鈴は戸惑っている。


「見た瞬間にビビッときたし、見れば見るほどいろんなことに気づける。背景の描き込みとかさ。これ、マジですごいぞ」

「あ、ありがとうございます……」


 五十鈴の肩をぽんと叩く。


「自分のことを客観的に見るのは難しいよな。俺もそうだった。でも五十鈴の絵は間違いなくすごい。俺は圧倒された」


 自信を持て、と言うのは簡単だ。しかしそう簡単に受け入れられる話ではないと思った。だから思ったままに褒める。自然と彼女が自信を持ってくれるように。


「なんだか、これを見たらますます受賞してほしくなったよ。いい結果、出てほしいな」


 そこまで言うと、ようやく五十鈴が笑顔になった。


「恭介先輩がそこまで熱くなってくれるなんて……。もう、それだけで描いた意味がありました」

「一発で心を掴まれたね」

「ちょっとはしゃいでます?」

「ああ、テンション上がってる」

「ふふっ、好評でホッとしました。先輩、漫画っぽいテイストのキャラは苦手かもって心配になったりしたんですが」

「野球漫画くらいしか読んだことないけど、このキャラも気に入ったよ」

「でしたら、この先も安心して描き続けられますね」


 どうやら、清明祭のポスターのほうがいつもと違う作風だったらしい。


「一月下旬か。俺が学校にいるあいだに決まるのはありがたいな」

「二月だったら電話でご報告だったかもしれませんね」

「古野さんも出してるのか?」


 五十鈴はきょとんとした。


「いいえ、彼女は三月〆切りのコンテストに参加するとか……」


 急に、五十鈴がムスッとした顔になる。


「わたし以外の女性も気になりますか?」


 あー……、そこが引っかかったのか……。


「待て、深い意味はない。なんとなく思い出しただけだ」

「むー。一瞬冷静になってしまいました」

「俺はいつだって五十鈴が一番だぞ」

「すみません、また嫉妬癖が……。反省します」


 ぺしぺしと頬をはたく五十鈴。動きがいちいちかわいい。


 こうして学校でわちゃわちゃ話せるのもあと一ヶ月。後悔しないようにしよう。俺は意志を強く持った。

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