70話 初詣は二人で行こう

 俺も五十鈴も、人でごった返している場所は苦手だ。

 なので、三が日を過ぎてから参拝に行くことにした。


 行き先は善光寺ぜんこうじ。長野市の観光名所だ。地元民のほうが逆に行かない説もあり、俺はまさにそんな感じ。中学生の頃は、重要な試合の前にはお参りをしたことがある。それくらいだ。


「では、またお呼びください」

「ありがとうございます、大河原さん」


 高級車が走り去っていく。


「じゃ、行くか」

「はいっ」


 俺たちは善光寺の南側にいた。そこから参道を進んで本堂へ向かう。


 仕事始めだが、まだまだ人は多い。それでも年明けすぐよりはマシだろう。


「無病息災、叶うといいのですが」


 隣を歩く五十鈴がこぼした。今日の彼女は黒いコートに白のロングスカート。カチューシャも白だ。


「去年はなにかと体調崩してたもんな。今年はよくなればいいけど」

「そう簡単に治らないのはわかっているんですけど、精神的に変わればもしかしてって期待する自分もいるんです」

「調子がよかったら遠出もしてみるか」

「いいですね! 家族旅行は北陸が多かったので、関東や関西のほうにも行ってみたいです」

「お、おう」


 遠出ってそこまで遠くのつもりで言ったわけではないのだが……。でも、五十鈴と旅行するのも楽しそうだ。


「今日は暖かくてよいお天気です」


 五十鈴の声は弾んでいる。今日は柔らかい日差しが降り注いでいて、年末年始のきつい寒さが和らいでいる。


「先輩のおうちでお昼寝したいですね。お日様に当たりながら畳の上でうとうと……平和でいいと思いませんか?」

「お前、けっこう和室に思い入れあるのな」

「我が家はフローリングですからね。畳のよさを知ってしまうと、また先輩の家に行きたくなります」

「俺はいつでも歓迎だ」

「では、今度晴れた日に」

「今日じゃないのかよ」

「あいにく、丸一日は予定が空けられなかったので……」


 てへへと五十鈴は笑う。

 本堂が見えてきた。


「よかった、本堂の周りは思ったより人が少ないぞ」

「今のうちに行きましょう」


 俺たちは足を速める。階段を上がって、賽銭箱の前に立つ。


「先輩、この五百円を使ってください」

「え、五円入れるつもりだったんだが」

「新年最初のワガママをぜひ聞いてほしいです……」

「うっ」


 五十鈴が甘えるように言うので、例によって俺は受け入れてしまうのだった。五十鈴のとろけるような声には勝てない。


「せーのっ」


 彼女のかけ声に合わせ、二人で五百円玉を投げ入れる。

 手を合わせて目を閉じると、周辺のざわめきがやけに大きく聞こえた。


 ――今年は大切な彼女と、一年ずっと幸せに過ごせますように。


 心の中で唱える。

 五十鈴は横でなにを思っているのだろう。質問するのは無粋かもしれないが、気になる。


 目を開ける。五十鈴はまだ手を合わせていた。口元がかすかに動いている。小さくつぶやいているのだ。


「これでよし」


 ようやく、五十鈴がこちらを見た。


「長かったな」

「健康で一年を過ごします、と宣言しました」

「ほう。お願いしたわけじゃないのか」

「お寺では目標を伝えるのがいいという話を聞いたことがあるんです」


 それは知らなかった。だったら俺も真似るべきだったか。


「さあ、どこかでお昼を食べましょう」


 本堂を出て、来た道を引き返す。参道の両脇には店がたくさん並んでいて目を引かれる。


「なあ五十鈴、おやき食いたい」

「いいですね。しばらく食べていませんでした」


 長野の郷土料理、おやき。

 小麦粉で作った生地に具材を包んで蒸す、まんじゅうに近い食べ物だ。


 俺は切り干し大根のおやきを、五十鈴は野沢菜のおやきをそれぞれ買った。


 近くのベンチに座り、早速いただく。


「うまい」

「久しぶりの味ですね。あったかい……」


 ふう……と二人で一息つく。白い息が二つ、立ちのぼった。


「俺、五十鈴と一年幸せでいられるようにってお願いした。でも、幸せになりますって宣言したほうがよかったかな」

「深く考えないでください。どちらでも、わたしはとても嬉しいです」


 もちろん、と五十鈴は得意げに続ける。


「先輩と同じことも、ちゃんと伝えてきましたよ」


 思わずにやけそうになった。五十鈴が健康に過ごすと宣言するのは当然と言える。しかし、俺とのことはなにも言っていないのだろうかとさみしく感じたのも事実だった。


「五十鈴、ありがとな」

「恭介先輩とはまだまだ仲良くなれます。知らないことだってたくさん残っているはずですからね」

「お互いをさらけ出していこう」

「あ……でも、特殊な性癖とかは受け入れきれるか自信がないですけど……」

「待て待て、勝手に変なイメージを持つんじゃない。俺はたぶん普通だぞ」

「たぶん……?」

「だ、だから、自分の感覚が世間とズレてる可能性もあるだろ?」

「なるほど。ですが、野球漬けだった先輩がおかしなことに目覚めるとも思えませんし、心配なさそうですね」

「わかってくれてよかった」

「むしろわたしのほうが妙なことを考えるかも?」

「それはちょっと怖いな。今もけっこうからかわれてるし」

「嫌なことは嫌だと教えてくださいね。先輩の好意に付け入るのは人として駄目だと思うので」

「そうする」


 年明け一回目のデート。引き続きうまくやっていけそうな気がした俺だった。

 はふはふと具を冷ましながらおやきを食べている五十鈴を見ていたら、自然と笑顔になれた。

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