64話 雪合戦は無茶すぎる

 翌朝、起きてカーテンを開けたら街が真っ白になっていた。

 どっさり積もったわけではなさそうだが、道路にはタイヤの跡もついている。


 まだ十一月なんだけどな……。

 なんとなく、十二月になる前から積もると早い気がする。


 さすがに東棟のベンチでお昼を食べるには寒そうだ。これまでも寒い寒いと思いつつ、他にいい場所がなかったのでずっと同じところを使っていた。


 準備をして朝食をとり、学校に向かう。

 歩きながら、お昼を食べるのに向いている場所を考えた。

 が、やはり思いつかない。

 空き教室に勝手に入ると怒られる。廊下は飲食禁止。

 あとはもう、外にあるベンチしかないわけだ。

 保健室の外は鈴見先生に見られるから、結局は東棟のベンチしか残らない。


「難しいな」


 五十鈴に意見を求めるべくメッセージを送る。


『わたしは寒くても平気ですよ?』


 という返事が来た。いや、お前は寒いと体調崩すだろ……と思ったが、十一月は比較的落ち着いていた気がする。


 五十鈴がこう言うのなら、無理に変えることもないか。


     †


「思ったより暖かいんですよ、ここ」


 昼休み。東棟のベンチ。

 俺たちは並んで弁当を食べていた。


「両側の壁がせり出しているので風が吹き込んでこないでしょう? そして正面にはパソコン棟があるので四方からの風を防げます」

「でも、寒いのは間違いない」

「保健室の外とか、風が直撃する場所とは段違いですよ」

「そうかなあ」

「耐えられないですか?」

「いや、俺は平気。寒いのには強いほうだ」

「わたしも、お昼休みのあいだだけなら問題ありません」

「これからもっと冷え込むんだぞ」

「先輩の愛がわたしを熱くしてくれます」

「またなんか言ってるよ」

「なんかとはなんですか。愛ですよ?」

「恥ずかしいぞ」

「うう、そっけない……」


 五十鈴がサンドイッチをかじる。


「ともかくわたしは平気なので、ベンチが撤去されない限りはここで食べましょう」

「わかった。きつくなったら言えよ」

「はい。やせ我慢はしません」


 その言葉を聞いて安心した。


 昼食を食べ終えて、五十鈴に弁当箱を返す。


「そういえば、そこに雪が固めてありますね」


 五十鈴がパソコン棟の角を指さした。朝の雪が一カ所に集められて小さな山になっている。


「先輩、あれで雪合戦をしましょう」

「死ぬ気か?」

「どうしてそうなるんです!?」

「だってお前、激しい運動したらすぐに息が上がるんだろ?」

「ランニングで百メートルくらいなら走れますよ。大丈夫です」

「どこがだ。不安しかないわ」

「だったら雪玉でキャッチボールはどうです? あまり動かないので……あっ」


 五十鈴がなにかに気づいた顔になった。


「……ごめんなさい」


 どうやら、俺の右腕を気にしたらしい。妙なところで真面目だなあ。


「やるか、キャッチボール」

「え、でも」

「俺は左で投げる。五十鈴は思うようにやればいい」

「ひ、左でも投げられるんですか?」

「あんまりコントロールは利かないかもしれないがな」

「じゃ、じゃあ少しだけ」


 五十鈴が駆けていき、野球ボールくらいの雪玉を丸めてきた。


「お前が走るのを見ると不安になるな」

「甘く見ないでください」

「実績……」

「知りません」


 ついっとそっぽを向き、五十鈴は左へ歩いていく。ある程度距離を取ったところで振り返った。


「さあ、始めましょう」


 俺は五十鈴の正面に立った。


「いつでもいいぞ」

「いきます。えいっ」


 ぼすっ、と雪玉が地面に落ちた。俺のところまで届かない。


「自分の力のなさが憎い……」


 五十鈴が呻いている。かわいい。


「もっと近づこうか」

「はい……」


 二個目の雪玉は俺が作った。


「今度は俺だ」

「どこからでもどうぞ」

「ほいっ」

「くっ!」


 俺は左腕から精一杯山なりに投げた。ゆるい軌道で上手く五十鈴の正面に飛ぶ。それを、五十鈴が抱え込むように取る。卵が落ちてきたかのような必死さで。


「と、取りました!」

「ナイスキャッチ。次は五十鈴の番だ」

「いきます。はっ!」


 今度はちゃんと届いた。やっぱりさっきは距離がありすぎたな。


「ストライクですか?」

「ああ、ど真ん中だ」


 真ん中すぎてホームランにされるやつだけど――とイメージしてしまうのは元ピッチャーの悲しき習性である。


 そのまま、二人でゆっくり雪玉のやりとりを続ける。俺は案外、左腕でもコントロールがつくタイプだったらしく、五十鈴を走り回らせずに済んだ。五十鈴も投げ方のコツを掴んだのか、徐々に球速が上がってきた。


「ふうぅ……」

「疲れただろ」

「久しぶりにいっぱい動きました」

「もう昼休み終わるし、次でラストにしよう」

「はい。いきますよ――たあっ」


 投げた瞬間、五十鈴がよろけた。


「あっ!?」

「五十鈴!」


 俺は雪玉をキャッチしつつ、倒れてくる五十鈴を支えようとした。が、腕を持っていかれそうになり、体をひねって体勢を維持する。


「ひゃあ!?」


 五十鈴が甘い声を出した。


「ど、どうした――ん?」


 そこで、俺は気づいた。

 俺は左腕で五十鈴を支えている。……のだが、左手の当たっている場所は完全に……。


「せ、先輩……」

「あ、安心しろ」

「なにをですか!?」

「ブレザーが分厚くて感触がわからない」

「そういう問題じゃありませんっ!」


 五十鈴を立たせると、俺は頭を下げた。


「無我夢中でどこを触るとか考えていませんでした。大変申し訳ありませんでした」

「棒読みですね」

「だって、マジで意識してなかったから……」


 ブレザー越しとはいえ、五十鈴の右胸をつぶすように触ってしまうとは……。


「ま、まあ、よろけたわたしがいけないんですし、先輩はむしろ恩人ですよね」


 五十鈴は自分に言い聞かせるようにつぶやく。俺は顔を上げた。


「し、仕方のないことでした。先輩はなにも悪くありません。こちらこそ、助けてくれてありがとうございました」


 五十鈴は軽く頭を下げると、小走りでベンチまで行き、スクールバッグを掴んだ。


「もう時間ですよ。行きましょう! 行きますね!」


 俺の返事も待たずに、五十鈴は教室へ戻っていった。


 俺はしばらくその場に突っ立っていた。なんとなく左手を見る。

 やっちまったなあ……。

 といっても、ほとんど感触はわからなかったんだけど。ぐいっと押してしまった感覚だけが残っていた。


 ……帰りにあらためて謝るか。

 そう決めて、俺も教室に向かった。


     †


 五時間目。

 念のため、『さっきはごめんな』とメッセージを送ったら、

『予定が早まっただけです』

 という返事があった。


 つまり、五十鈴のほうから誘導するというあの発言がそのうち実行に移されていたのだろうか?

 本心なのか、強がりなのか、俺にはわからなかった。

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