第20話 番外編 弟が可愛すぎる

 私の弟、暁山朔は最高に可愛い。


 彼が生まれてから三年と少し。暗い気持ちになることも多かったけれど、朔のおかげで明るく過ごすことができた。ちょっとずつ身体が大きくなって出来ることが増えるたび、自分のことのように、いえ、自分のこと以上に嬉しい気持ちになれる。


 朔が生まれてきてくれなかったら、私も母も無気力な日々を送っていたと思う。暗く沈んでいた私たちの人生に光を与えてくれたのは朔なのだ。だから、何よりも朔が大事だし、朔のためならなんでもできる。

 まあ、他ならぬ朔に怒られてしまったから無理はほどほどにするけれど。


「姉ちゃん」


 朔の定位置は、私の左足だ。小さい頃から、立っている私の横にくると足に抱き着いてきた。今では身長も伸びて、腰に手を回す格好になっている。

 なんて可愛いの……そのまま二度と離さなくていいわ。でも料理中は危ないから、名残惜しいけどそっと離れる。


「朔、お腹空いたのね。もう少しでできるわよ。今日はチンジャオロースに挑戦してるわ」

「……しんぱい」

「朔は優しいわね。大丈夫、怪我には気を付けているわ」


 えっ、と私の顔を見上げる。上目遣いか愛らしい。こんなに可愛いのに、しかも美男子だなんて奇跡としか言えないわね。アイドルグループにスカウトされたらどうしようかしら。


 チンジャオロースの作り方はネットで調べた。材料もしっかり揃えて切ったので抜かりはない。

 豚肉とピーマンに赤ピーマン、タケノコの水煮を入れて炒めていく。……火を通すってどのくらいかしら?

 いえ、肉は分かるのよ。赤い部分がなくなれば食べれるでしょうし。野菜は何分炒めたら焼けたことになるの。もうフライパンに入れてしまったから、調べることもできない。


 大変、全部入れたせいで具材が重なって、火の通りが均一にならないわ。菜箸を使って、フライパンの中で種類ごとに仕分けした。フライパンに直接触れている部分が焼けるのだから、順番に同じ秒数ずつ焼いていけばいい。最初からこうすればよかったのね。


 じっと観察しながら、必要に応じて移動させる。


「姉ちゃん、こげてる」

「あれ? おかしいわね」


 菜箸だと一個ずつしか摘まめないから間に合わないわ。

 でも大丈夫。焦げたってことは火が通っている証拠ね。それに、私はしっかり見ていたわ。ピーマンは緑だったのに、突然黒くなったの。中間がないということは、焦げた状態が正常なのよ。


 火が通ったので、レシピ通りに調味料を入れていく。あらかじめ計っておいたので、あとは入れるだけだ。

 混ぜたら完成。過去最高の予感がするわ。


「お母さんが仕事の時でも問題ないわね。さあ朔、食べましょう」

「う、うん……」


 私の家は2Kのアパート。冬にはコタツにもなるローテーブルに皿を並べて、隣り合わせで座った。


「いただきます!」


 朔が元気よく食べ始めた。最近使い始めた練習用の矯正箸を使って、豚肉とピーマンを口に運んだ。


「んぐっ」

「どうしたの? ……勢いよく食べたからむせたのね。もう」

「……うん、そうだよ」

「美味しい?」

「……美味しい!」


 朔の笑顔を見ると、私の凝り固まった表情筋も自然と緩む。

 そんなに慌てなくていいのに、朔は口いっぱいにチンジャオロースとご飯を詰めて、呑み込んでいく。止まらないのね。


 私は朔が残した分だけで十分。とはいえ多めに作ったから、余りそうだ。明日のお弁当に入れようかしらね。朔は給食があるけれど、高校は弁当だ。いつもはお母さんが会社に持っていく分と一緒に作ってくれるが、料理の腕も上がってきたことだし自分で作ってみるのもいいかもしれない。


「ごちそうさまでした!」

「お粗末様でした」


 夜はあまり食べないことにしているので、少なめに盛りつけたご飯とチンジャオロースを食べる。

 ひとつ口に入れたところで――止まった。不快な苦みが舌を刺激する。


「姉ちゃん」


 朔は気を遣えるいい子だ。


「またきょうた兄ちゃんのごはんが食べたいな」

「……そうね。お母さんがいない日があったら、また頼んでみましょう」

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