エル1

4-1



「三郎!」


 ドンドンと音のする方を見るが、視界が変だった。

 目は、あけているはずなのに見え方がおかしいのだ。

 とりあえず、なんだかわからんがドアの方に行き開けてみる。

 すると見たこともない、しわしわの婆さんにいきなり頭を叩かれた。


「おるんなら、おるんで、すぐにあけんか! このバカたれが!」

「なにしやがる、このクソババァ!」


 相手が、その気ならこっちにだって殴る権利はあるはずだ!

 って、思ったところで俺の手は途中で止まった。

 大国寺だいこくじ 三郎さぶろうとしての記憶が脳裏をよぎったからだ。

 このバカは……つまり、いまの俺な。

 家賃を、さんざん踏み倒したあげく。出ていけと言われても居座っている、ふとどきものだったからだ。 


「ふんっ! なにさ! おどそうったってそうはいかないよ! 今日という今日は出てってもらうからな!」

「あ、はい。すいませんでした」


 俺は、素直に頭を下げた。

 一応、この婆さんとの関係は、大家としてだけではなく、親戚にもなる。

 だからこそ、年単位で家賃滞納しながらも我慢してくれていたってのが本当のところ。

 普通ならとっくに追い出されても当然なのである。

 感謝こそすれ、殴ってでも追い返そうってのは、なんか違う気がしたのだ。


「あ、あんた? どうした?」

「どうしたも何も、悪いの完全に俺じゃないですか。色々とご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」


 再び、深々と頭を下げた。

 いったいぜんたいどんなルートに入ったのだろうか?


 ――もしかして、これも呪いの一部なのか!


 浮気厳禁と言われていたのに、春子さんと、いい関係になろうとしたのがまずかったのか!?


「エウ?」


 誰かに、シャツの裾を引っ張られた気がして振り向くと……?

 なんか、赤いワンピースを着た、ちっこいのが居た。

 見た目だけの年齢なら5歳前後と言ったところだろう。

 とても攻略対象には見えない。

 やや青みがかった銀髪に空色の瞳。鼻が高く、顔の彫りも深いところから見ると外人さんのようだ。


「こんのっ! バカたれが! バカだバカだとは思っとったが! ついに人さらいまでやらかしたか!」

「あ、いや、俺、知らないっすよ!」


 これは、たぶん本当だ。

 大国寺としての記憶をいくらあさっても、こんな女の子をさらって来た記憶がないのだ。 

 とは言っても、疑われても当然なクズっぷりだったんだがな。

 あちらこちらで迷惑かけては、この藤山ふじやま トミさんに謝ってもらったり。

 借金を肩代わりしてくれたり、弁償してもらったりと……


 あぁ……


 なんか生きててゴメン。

 死にたくなってきた。


 哀れに思って飯をごちそうしてくれた人の財布すらかすめ取る。

 たまに金を手にすりゃ酒。

 その金だって人の家に勝手に入って盗んだ金である。

 あちらこちらで問題を起こしては殴られて……


 ダメだ。


 生きてるだけで害悪にしかならないとか詰んでるだろこれ?


「だったら、だれが、さらってきたっていうだ!?」

「本当にスイマセン。わからないんです」

「って、ゆーか。どうしただ三郎。さっきっから別人みてぇになってるぞ、お前さん」

「あ、いえ。心を入れ替えてみようかと思いまして」


 そりゃそうだろう。この大国寺としての生き方を、そのまま続けるとか、ありえないにもほどがある。

 むしろなんで刑務所に入ってないのか分からないレベル。

 まぁ、刑務所から始まるエロゲーなんぞ、あったところでBLにしかならんだろうし。俺の守備範囲じゃないからな。

 そういった点では、まだ救いのあるレベルなのか……これ?


「ほー。だったら、市川いちかわさんのとこさ行くで、ついてきー」

「はい。分かりました」

「エウ?」


 またしても、シャツの裾を引っ張られた。

 そういや、コイツどうすりゃいいんだ?

 玄関に子供用の靴は、ないし……


「あの、すみません。藤山さん。この娘ってどうすればいいんですかね?」

「どうもこうも、それさ相談すっから市川さんのとこさ行くだ」


 とりあえず、背負うか抱っこするかの二択ってところか。


「なぁ、お前、おんぶと、だっこと、どっちがいい?」

「エウ?」


 ダメだ。日本語が通じねぇタイプだった。


「What is your name?」

「エウ?」


 これもダメか!

 さっきから、おれの言うことに対して首をかしげるだけである。


「ど、ど、どうしただ三郎! いんま、げーこくごさ、しゃべんなかったか!?」

「ただの初歩的な英語ですよ」


 こんなもん小学生だって分かるだろう。

 それなのに藤山さんは、目を大きく見開いて驚いている。


「とにかく、おんぶするから乗ってくれ」


 俺は、その場にしゃがみこんで肩に手をかけてくれとジェスチャーで意思の疎通を試みるが……


「エウ?」


 と、言われただけで変化なし。

 諦めて、お姫様抱っこで出かける事にした。

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