3-4
必要最低限っていうか普通の学校でよかった。
相場勇気のときみたいに、木造の校舎とかありえねーもんな。
リノリウムの廊下を歩くのがこんなにも嬉しく感じるとは思わなかった。
*
――昼休みになると珍しく深雪がパンを食べたいなんて言いやがった。
基本的に俺も深雪も春子さん、お手製のお弁当である。
つまり、それにプラスしてなにか食べたいと言っているのだ。
お子様用の、それもかなり小さめの弁当箱ですら、中身を完食するまで、それなりに時間をかけていたはずなのに、今日に限っては驚くくらいのペースでたいらげてしまい。
まだ足りないなんて言っているのだ。
正直、俺だけじゃなくて涼や隆弘も驚きを隠せないでいた。
「分かった、付き合ってやるのはいいけど、もうろくなもん残ってねぇと思うぞ」
「わ、分かってるよ……でも」
人気の物は、昼休みのチャイムが鳴ったと同時。開幕ダッシュが必要になるし。
それ以外の物だって早い者勝ちである。
最悪、購買まで行ったはいいが、何にもなしって落ちすらありえる時間帯だ。
*
買えたのは、アンパン一個だけ。
それでも、本当に物足りなかったらしく。教室に戻って来た深雪は普通に食べてしまっていた。
「ちょっ! 深雪大丈夫なの!?」
「うん。なんかね、吐き気とか全然しないんだよ」
「ほ、ホントに? 無理してない?」
涼が気にするのも当然であろう。
俺達だけでなく、深雪の体質を知っている他の連中もビックリしているくらいだ。
「ん~。なんで私って、いままで食べれなかったんだろう?」
「そんなこと、こっちが聞きたいわよ!」
「それはそれとして、お母さんになんて負けてられないからね!」
「その意気込みはよしっ! って言いたいところだけど、手遅れなの分かってるわよね?」
「うん。でも、奪い返せないってこともないでしょ?」
「ふ~ん。深雪にしては上出来じゃない」
確かに涼の言う通りだ。
だがな深雪よ、なぜそのやる気をもっと早く出さなかったんだ?
もったいない。
普通にメシ食ってりゃ――護だって、もう少しお前に対する見かたも変わってたかもしれないんだぞ。
少なくとも俺だったら親子同時攻略を目指している!
「えへへ~」
と笑う、深雪の顔は、ぶきみでしかないが。
あの春子さんの娘である。
時間は、かかるだろうが、そのうち普通に可愛くなるだろう!
*
夜の照明がこんなにもワクワクするものだと思ったのは、初めてじゃないだろうか?
テーブルにつくと、今夜のメインはハンバーグだった。
ボリューム満点の食事に俺の期待値はMAX。
スパイシーでジューシーな手作りハンバーグは食欲だけでなく別のモノすら刺激しているようだった。
まるで今夜のためのエネルギー補給と言わんばかりの食べごたえ。
それを絶賛する俺の言葉すら、今の春子さんの前ではかすんでいた。
「お母さん、おかわり!」
ご飯を普通に食べるどころか、おかわりの要求。
あまりの嬉しさに涙を流すほどである。
まぁ、護としての記憶を、さかのぼればさかのぼるほど春子さんは色んな意味で苦労していた。
若くして夫を亡くし。
そこからは母親一人で娘を育ててきたのだ。
しかも娘の摂食障害に正面から向き合って。
創意工夫をこらしても、吐いてしまう娘。
それが報われたと言ってもいい状況なのだからしかたあるまい。
高校入学と同時に、ここでお世話になるようになってからなんて俺のめんどうまで見てくれてたしな。
だからこそ、俺までも、そんな光景が嬉しくなってしまう。
「ホント。どうしちゃったのかしら。この子ったら……」
「だって、私! お母さんにだけは負けたくないもん!」
「えっ!?」
「だって、お母さん護くんとつきあうんでしょ?」
「――っ!」
別な意味でビックリした春子さんは俺を見つめている。
その瞳の意味することは言われなくてもわかる。
「隠すことでもないと思ったので、今朝、深雪にも話しました」
「んも~。それで急に、こんなことになってるのね」
少しむくれてはいるが、怒っている感じはない。
「深雪。無理して押し込んでも、また吐いちゃうわよ」
「それがね、お昼もアンパン食べたけど大丈夫だったんだよ」
「えっ!? 本当に?」
今度は、事の信憑性を確かめるように、俺を見つめる春子さん。
「はい。お弁当だけじゃ物足りないって言うんで購買まで付き合ったんですけど。ホントに大丈夫みたいなんですよね~」
「うふふ。それなら。明日からは、お弁当の量、増やしてあげなきゃいけないわね」
「うんっ! お願いねお母さん!」
「ふふふ。でも、まさかこんなことで深雪が食べてくれるようになるなんて思ってもみなかったわ」
「こんなことじゃないもん! 大事なことだもん!」
「で~も、お母さんだって朝の約束を反故にするつもりはないわよ」
「う~~~! わかってるもん! お母さんよりも魅力的になって奪い返すだけなんだもん!」
「あら。言うようになったじゃない」
春子さんは、ふふふと笑う。
「でも、安心しなさい。結婚は深雪としてもらうつもりだから」
「へ……?」
「そうなの!?」
思わず呆けてしまう俺と、ビックリしている深雪。
「朝の情熱的な誘いに乗ったのも事実だけど。お母さんは、どこまでいってもお母さんだもの。娘が恋してる男の子を本気で盗ったりはしないわよ」
「つまり、俺とは遊びってことですか?」
「私にだって性欲くらいあるもの。たまには、いいでしょう?」
もてあそばれるってのは本意ではないが……考えようによっては同時攻略の道が見える!
「では、春子さんは俺の愛人ってことでいいんですね?」
「ふふふ。私は、護君のオムツだってかえたことがあるのよ。そんな子に本気になんてなれるわけないじゃない。むしろ出来るものならやって見せなさいってくらいの感じかしら」
「分かりました。後で泣いても知りませんからね」
「ふふふ。楽しみにしてるわ」
これが、大人の余裕ってやつなのか。
強がってみたものの、まったくにもって勝てる気がしない。
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