1-4


「なんだよ! けっこう良い部屋じゃねぇか!」


 部屋に入るとすぐに、佐藤の声が響き渡った。

 建て替えたばかりかりとはいえ、こんな地味な部屋のどこがいいのかさっぱりわからん。

 落ち込んでいる江藤さんを椅子に座らせると、


「あぁ。俺も寮に入りたかったなぁ」


 本気で悔しがってる佐藤に向かって言ってやった。


「だったら、入りゃぁいいじゃねぇか。どうせ今は俺一人だからな。佐藤だったら歓迎するぜ!」

「おい! そりゃ本当か!?」


 やはり如月さん同様。コイツも敵に回してはいけないヤツだった。

 がっちりとつかまれた肩がめちゃくちゃ痛い!

 朝の空回りも、頼もしい味方を得るための費用だったと考えれば安い買い物だったのかもしれん。


「あ、あぁ……だから、その。頼むから放してくれ……」

「あっと! わりい」

「いや、それよりも。入るなら入るで早く言えよな。一応、山本ってヤツが仮押さえみてぇな感じになってっからよ」


 顔も見たことねぇからどんなヤツかは知らんが。

 山本も、一人で部屋が使える可能性があるならその方が喜ぶだろう。


「あ、いや、その~……なんだ……」


 なんだコイツ?

 急に上目使いで見つめてきやがった。

 きしょく悪いにも程がある。

 しかも、頬を少し赤らめてるとかさぁ。

 やめれ! マジきもいわ!

 そーゆー態度が許されるのは、江藤さんみたいな娘だけなんだよ!


「ちょっと、言い辛いんだけどよ。部屋、貸してくれねぇかなぁ、ってさ……」

「は?」


 相手の意図がさっぱり分からなかった。 


「や、貸すってなんだよ!?」

「ほっ! ほんと! たまにでいいんだ! ほんの1時間! いや! 30分だけでもいいんだ!」


 だから頼むと言って拝まれてしまった。

 まぁ。悪いヤツには思えねぇし。

 ここは気持ちよく借りを作っとくってのが吉だろ。


「わかった。よく分からんが、そんな程度でよけりゃいつでもいいぜ!」

「本当か!?」

「いだだだだだ! やめれ! 肩がもげる!」

「あっと! わりい、わりい……」


 おそらく佐藤にとっては軽くなのだろうが、マジで痛てぇ。

 だが、コイツが今後の俺にとって剣となり盾となると言うのならば頼もしい事この上ない。

 ならば、もう少し佐藤幸平ってヤツがどんな男なのか知っておくべきだろう。

 下手に使って痛い目には遭うのはまっぴらごめんだ。


「なぁ。もしかしてお前の部屋って兄弟と一緒だったりするのか?」

「いや。俺に兄弟はいねぇ。だから部屋も一人で使ってる」


 ん~~~~。

 素直に答えてくれたのは、ありがたいが……

 完全に的外れだった。

 自分専用の部屋が在るなら人に見られて困る事をするにしても、それなりに対処できるだろうし。

 仮に如月さんを連れ込むにしたって親が居ない時を狙えばいいだけの話しだよな?

 そういった観点から考えれば、この部屋に如月さんを連れ込む方がリスキーだろうし。ますます意図が分からなかった。


「じゃぁ。何に使うってんだよ?」

「え~~と、だな……」


 佐藤の視線が泳ぎながらも……俺の後方に居る如月さんに向けられた。

 なぜか、いまだに如月さんは入り口付近から動こうとしない。

 表情の険しさから見て、かなり警戒されているようだ。

 圧倒的な戦力差があるんだから気にすることもないだろうに……


「はぁ……」


 盛大に溜息を吐くと、如月さんの表情は少しばかり和らいだ。


「実はね。私達の両親……。その。すごく険悪な状態なの。だからね。表面上は私達も仲違いしてる風を装っているってわけ」

「はぁ!? 親なんか、かんけーねぇだろ!」


 まったく!

 なんで大人って生き物は自分達の考えを押し付けるかなぁ。

 皆で仲良くとかぬかしてる半面で、あの子とは遊んじゃダメとか言いやがる。

 どう考えてもイジメだとか差別意識だとかってのは大人が作った社会問題だとしか思えねぇ。


「えぇ。もちろん私達も、それは理解しているし。裏じゃこうして仲良くやっているわ。でもね……」

「あからさまに仲良くやってる姿を見せびらかすわけにもいかねぇと?」


 如月さんがうなずくと、佐藤が頭をかきながら核心を口にした。


「まぁ……その、なんだ……。俺の親父が浮気してたみたいでな……」

「相手が私の母だったのよ……」

「ゴメン! 本当にゴメン! 俺が悪かった!」


 もう、全力で頭を下げた。

 二人の位置関係が前と後に離れてるんで、あっちに頭を下げては振り向いて、こっちにも頭を下げての繰り返し。


「いやいや、お前は悪くないだろ?」 

「そうよ。これは、あくまでも私達家族の問題だもの。それに理由も話さずにタダで部屋を貸して欲しいなんて、虫がよすぎるでしょう?」

「や、そうだけどさ! 確かにそうなんだけどさ!」


 変に勘ぐったりしないで、黙って貸してやれば済んだ話じゃん!

 あんなにもしつこく歓迎会のネタが見たいなんて言ってきた理由が今なら分かる。

 呼び方にこだわってたのもそうだろう。

 不仲を演じながらも、少しでも長く一緒に居たい。

 そんな気持ちが常にあったから――

 ならば俺の立ち位置も決まりだ!

 ギャルゲーで言ったら鉄板中の鉄板な物語。

 幼馴染同士の恋。

 そして俺は、そんな二人を応援する友人A。

 それが俺に与えられた配役だったということだ。


「あ~! もういい! 部屋を貸してほしけりゃいくらでも貸すし! 全面的に協力してやる!」

「本当に……いいの?」


 言われなくても分かる。こいつらに係われば確実に俺もリスクを負う事になるからだ。

 だからこそ、そんな申し訳なさそうな顔はさせたくない!


「あぁ! 同じこと言わせるなっ!」

「相場~! お前って本当にいいヤツだなぁ~!」

「あ、ぐ、は……」


 がしっと抱きしめられたせいで息が出来ない。


 死、しぬ……


 俺は必死で佐藤の体をタップした。

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