第3話 証拠

 検察が次々と証拠を提示していく。


「王犬のカルテです。改ざんの痕跡はありません。ご逝去の前日、つまり一昨日の記載を御覧ください。健康であるという記述と同時に、寿命が来るのもそう遠くはないと記されております。被告人は、王犬が老衰によってご逝去されることを予見していたにも関わらず、その対策を怠ったのです」

「こちらは王犬の血液検査成績です。異常値と記載のある項目はありません」

「そして王犬の画像診断成績です。こちらにつきましては後ほど証人に解説していただきます」

「最後に、こちらもまた後ほど証人に解説していただきますが、王犬の剖検所見や微生物学的検査成績、病理組織学的検査成績です。こちらも何一つ異常は見当たりません、以上です」


 次は弁護側の証拠提示である。


「同じく王犬のカルテです。改ざんの痕跡がないことについては検察に同意します。寿命が来るのもそう遠くはないという記載と共に、その旨を王様にご説明したと記されております。これはインフォームドコンセント、上席王宮獣医官としての責務をまっとうしており、王様にはご理解頂けるよう務めたものと考えます、以上です」


 1時間の休憩時間、弁護人との相談も許されたので、軍法務官と色々話をした。


「ちょっとちょっと、こっちの証拠少なすぎるでしょ。もっと何かこう、ぐうの音も出させないような決定的な証拠ないの?」

「あるわけないじゃないですか、だいたいあなた本当に王犬を老衰で死なせたんでしょ」

「被弁護人に対して、死なせたんでしょはひどくない?」

「だってあなた、起訴内容に間違いないって言っちゃったじゃない。もう、あなたは本当に王犬を老衰で死なせたという前提でこの軍法会議は進んでるのよ」

「……」

「だから私はさっき、ちゃんと王様に説明してご理解頂けるように務めたって強調したの。少しでも裁判官の心証を良くするためにね。もちろんあなたのために尽力はします、でもどこまで戦えるかは…」

「不安になるようなこと言わないでよ」

「圧倒的に不利、ということは伝えておくわ」


「待って、もうひとっつ。こっちの方が重大なんだけど」

「何?」

「まさか、王犬、解剖したの?」

「したわよ、まだ温かいうちに。軍獣医官と警察獣医官が。軍法務官、そして一部の証人候補者たちの前で」

「なんで呼んでもらえなかったの。主治医だよ?」

「死なせた疑いがある当事者を解剖に呼ぶわけないでしょ」

「いや、そりゃまあそうだけど、じゃあ、いつから疑われてたの」

「ずっとよ」

「ずっと?」

「ずっと」


 要するにこういうことらしい。王犬に触れることが出来るのは王と上席王宮獣医官だけで、従って遠距離武器を用いない場合は王犬を殺せるのは王か上席王宮獣医官だけである。遠距離武器を使われた場合は、よほど精巧で緻密な作戦で行われたものでなければ、何らかの痕跡が残る。

 王が王犬を殺すなら堂々と好きなようにやるはずで、そういった事情以外で王犬が死ねば、上席王宮獣医官が死なせた嫌疑をかけられる。それは作為的に殺した場合のみならず、不作為や不手際によって死なせた場合も当然含まれる。


「ずっとこういう制度なの?」

「この制度は私も昨日知りましたもので、よくわかりません」

「犬じゃなくて、例えば王族の方が亡くなられたりすると人医がこういう目に遭うの?」

「この制度は私も昨日知りましたもので、よくわかりません」

「老衰っていう診断に疑義があるなら理解は出来るけど、老衰で死なせた嫌疑っておかしくない?」

「この制度は私も昨日知りましたもので、よくわかりません」

「わかったよ、こういうことに関して発言の許可がないんだね」

「この制度は私も昨日…ええ、はい、お答えすることは出来ません」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る