裁判

第一日

第1話 移動

 出勤した事務室に見慣れない人物がいた。聖獣医騎士や王宮獣医官たちが困惑している。


「上席王宮獣医官の任を解く、1時間後に迎えが来る、ここで待機せよ」

「?わかりました」


─ 王犬が死んだことと何か関係があるのだろうか?


 1時間後、迎えが来た。


「お迎えに上がりました」


 迎えに来たのは真っ黒のスーツで身を固め、サングラスをかけて耳にインカムを装着して、恐ろしいほどの筋肉を身にまとっていることが服の上からでもわかる男……たち、5人。こうした者たちは、王犬と過ごした日々において常に近くで我々を警護していた。だから存在すること自体には何の驚きもないが、ここに迎えに来たということについては驚く他はない。


「な、なにごと…」

「お迎えに上がりました、さあこちらへ」


 促されるままに扉から外に出ると、もう2人がドアの両端にいた。計7人の、たぶん屈強であろう男たちとともに歩く。1人が先導、左右前方に1人ずつ、左右に1人ずつ、左右後方に1人ずつ。


 王ですら、ここまで厳重に警護されてはいなかった。もっとも警護対象に必要以上に気を使わせないため、なるべく見えないように様々な死角に潜んで警護するというセオリーなどもあるのかもしれない。襲撃者の不意をつくことも出来るだろう。

 ひるがえって今、この7人は一体どうして自分を囲んでいるのか。VIPとして警護しているのか、それとも逃亡の恐れを考慮して囲っているのか。警護しているのだとしたら、見えない位置にも更にこういう者たちがいるのか。囲っているとしたら、逃走時にも捕まえられるよう二重三重に取り囲まれているのだろうか。見えないけれども多分おそらくまず絶対に、スーツの下に拳銃を帯びているだろう。逃亡を企てた際には自分を射殺する許可も出ているのだろうか。

 疑問は尽きないが、実験をすればその結果から状況が判明すると考えられる。つまり逃げてみて何が起きるかを観測することで、自分の置かれた状況がわかるだろう。タックルされることころまでは予想出来るが、そのあと他の連中から何をされるのやら。思いっきり叱られるだけなら自分はVIPかもしれない。取り押さえられて銃を突きつけられたなら、自分は囚人だ。


─ せっかくの変な状況、得難い経験だ、試す価値はある


 などと考えているうちに機を逸し、薄暗くて妙な圧迫感のある見慣れない通路を経て突き当りの扉の前に来た。重厚感のある、両開きの扉。武装した兵士が扉の両脇に一人づつ立っている。元上席王宮獣医官とて勝手に王宮内を歩き回る権限はなく、王宮の全てを把握しているわけではない。そもそも基本的には常に王犬と共に過ごすことが業務だった。だから、このような場所があることも知らなければこの扉がどこへつながっているのかもわからないし、なぜ武装した兵士が立っているのかもわからない。

 それにしても武装しているというのはただごとではない。武装には明確な目的がある。何らかの条件下においては何かを攻撃するということだ。それは意思表示とも言える。王の許可なく王宮内で武装することが許されようはずもないので、これは王の意思だ。この扉の向こうには、許可なく入ることが許されない。押し入ろうとするものがあれば躊躇なく発砲するに違いない。そこまでは想像に難くない。


─ 押し入るのではなく逃げようとしても撃たれるんだろうか?

─ というかあの兵士、今敵が来ても自分たちが邪魔で撃てないんじゃないだろうか

─ やはり逃げようとした者を撃つためにここにいるんだろうか

─ なぜ逃げようとする者を想定するんだろう、なんかやばっちい場所なのだろうか


 好奇心は尽きない。


 兵士がインカムで何かを囁き、重厚な扉が向こう側へと開いていった。薄暗い通路から見た扉の向こう側は明るく、反射的に少し目をそむけた。黒スーツたちはサングラスだから平気なのだろうか、そういえばそもそも薄暗い通路をサングラス越しに見ていたのか、などと考えているうちに目が慣れてきたが、その目を疑った。

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