不死の刑

やっち

プロローグ

 犬は人間の友、そして家族である。王もまた、家族として王犬を迎え、共に日々を過ごしている。

 王宮獣医官は日々宮殿の動物の健康診断や治療行為を行っているが、なかでも上席王宮獣医官は、王犬の診察や治療を許された唯一の役職である。たとえ上席王宮獣医官を歴任した者であっても、現職以外は王犬には触れることすら許されない。


 王宮獣医官は、学歴や家柄等は一切考慮されず、実力と素行のみによって選ばれている。官民問わず、政府の目の届く動物関連施設において、知識と技術のある獣医師が推薦を受け、または抜擢される。傍目からみれば名誉と考えられがちではあるが、獣医官に限らず王室に関連する業務は常に気を張り続ける必要があるため嫌がる者もある。

 推薦された獣医師はともかく、抜擢された獣医師には拒否権がないので嫌でも王宮獣医官として生活することを余儀なくされる。任期は3年だが希望すれば延長が可能である。もっとも、大きな失態を犯した者については当然この限りではない。


 現職の上席王宮獣医官は獣医学部を卒業して、王立わんにゃんパークに着任した。様々な病気をすばやく的確に診断し、困難な手術を何度も成功に導き、それらの知見と技術を惜しみなく学会で発表し、上司の評価も高く後輩からの信頼も厚く動物からも好かれ、誰もが予想した通り王宮獣医官に抜擢された。

 当時の園長は後に、この獣医師を手放したくないと言って抵抗したと冗談交じりに語っている。


 王宮獣医官から順当に上席王宮獣医官に昇進し、王犬と触れ合い定期的に健康診断を実施して何かを見つければすぐに治療した。先代の上席王宮獣医官より引き継ぎし、王の寵愛を受けるこの大型犬はもう14歳。犬の平均寿命を考えるといつ他界してもおかしくない。そもそも大型犬は中型、小型犬と比較して寿命は短い。


 そしてある日、王犬は死んだ。王に抱かれ、上席王宮獣医官に見守られ、王の手をペロペロと舐め、静かに息を引き取った。


 獣医師にとって動物の死は見慣れたものだ。だからといって気分が良いわけではないし、まだ仕事が残っている。検案もまた獣医師の業務。

 失礼と言って王犬を検案し、死亡を宣告した。


「死因は老衰と考えます」

「上席、外してくれ…いや、今日はもう休んでいいぞ…」

「…お悔やみ申し上げます、失礼致します」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る