第2話 魔の森
父親であるクロワ侯爵に追放を言い渡された俺は、そのまま騎士団の護衛付きで国境まで馬車で運ばれた。
この護衛が守る為では無く逃走を防ぐための護衛である事は当然解る。
何故俺がこんな仕打ちを受けなければならないんだ……
この国境の先に広がるのは魔の森と呼ばれる魔獣が住みつく森だ。
高位の冒険者でないと通り抜ける事すらも難しいとされる森である。
「レオンハルト。セシリア王女様の命によりこの国に今後立ち入る事は一切許されぬ。どこえなりとも消えて野垂れ死ぬがよい」
「アーサー。お前迄そんな事を言うんだな」
「何を勘違いしてるんだ。まず呼び方が間違っている。アーサー様だ。お前が王配になると思っていたから少しでも良い役職を貰う為に仲の良い振りをしてやってただけだ。お前の様な剣も魔法も満足に扱えない奴などと友達の振りをするのは苦痛でしか無かった」
「……そうか。心配しなくても二度とこの国に戻る事は無いよ。それじゃぁな」
「国外に出たら殺してしまっても構わないと言われてたが俺の剣を穢すのも嫌だから見逃してやる。さっさと消えろ」
その言葉を吐きかけられた俺は武器も持たずに魔の森の中へ、よろよろと入って行った。
(この森の中で生き抜く事は厳しいな……取り敢えず何か武器を手に入れねば)
◇◆◇◆
俺はクロワ侯爵家の三男として生を受けた。
母親の身分が低かったために貴族家出身の正妻から生まれた二人の兄とは幼い頃からまるで扱いが違っていた。
兄二人には剣術も魔術も高名な師匠が付き、幼いころから英才教育が施されていたが俺にはそんな教育は一切施されなかった。
そんな俺は屋敷の書庫で本を読み漁るくらいしか、する事の無い幼少期を過ごした。
そんな俺に対して母であるカーサは「目立たぬように生きるのです。中途半端に目立てば必ず正妻や兄によって排除されます」と俺に言い聞かせていた。
そんな母も俺が五歳の頃、病に倒れて亡くなった。
まだ二十三歳であった母の死因は単純に病死とされた。
その当時五歳の俺では気づかなかったが今なら解る。
きっと俺の母は殺されたんだと。
犯人は間違いなく父の正妻だろう。
当時の母は俺の妹か弟となる二人目の子供を妊娠していた。
俺も膨らみ始めた母のお腹に耳を当て「早く出ておいで」と声を掛けていた。
だが、急に体調を崩した母は、そのまま流産して体調が戻る事無くこの世を去った。
きっと、ぶくぶくと太り父に相手にされなくなった正妻が母に対する嫉妬で毒を盛ったのだろう。
◇◆◇◆
この国では六歳になれば教会で洗礼を受け神様からギフトが授けられるのだが、貴族の血が濃い者程、優れたギフトが発現する事が多いので貴族家は貴族家同士で婚姻を重ね、その優れたギフトを自慢しあう事が常であった。
特に強力な武芸や魔法に関するギフトを授かれば将来的にも安定した立場が保障されるので六歳の洗礼はこの世界で生きる者にとっては非常に重要である。
兄二人は多分に漏れず剣士と騎士の優れたギフトを手に入れていた。
そして俺が六歳の洗礼の儀で授かったギフトは【ブースト】と言うよく解らないギフトだった。
過去に取得していた者がいる訳でも無く、洗礼を行った教会の司教にも「解らない」と言われた。
実際、そのギフトを貰って以降も自分自身に何か変化が起こった訳でも無く兄たちとの実力差は広がる一方であった。
十歳になり家柄だけは良かったので、なんとか学園には進学する事が出来た。
ギフトに恵まれなかったが、その分勉強は頑張り座学では常に学年でも一、二を争う順位だった。
その学園で俺はセシリア王女と巡り会った。
俺の座学での順位を争うライバルでもある。
第一王女にして【聖女】のギフトを持つセシリアは、その立場に胡坐をかく事無く常にだれに対しても笑顔で優しく接して学園でも人気者だった。
この学園に通う男子であれば誰もが憧れる程に……
そんな俺がセシリア王女の婚約者になるなど思いもよらなかったが……
この国の決まりで王室の人間の婚姻相手は公爵家では全て縁戚なので血が濃くなりすぎるために、他国の王族かこのハインツ王国の侯爵家から選定される事が決まっていた。
俺とセシリア王女が十三歳になる年に、この国の八つの侯爵家から後継ぎの長男を除く次男以降の男子が集められて、セシリア様がホスト役となり婚約者を選定するお茶会が開かれた。
男子だけで三十名程も集められていた。
俺は次兄であるレーヴェン兄さまと共に参加させられた。
兄には「でしゃばるなよ」ときつく言い含められての参加だったので壁際で出来るだけ目立たなくしているだけで時間が過ぎ去るのを待っていた。
だが、そのお茶会の席でセシリア王女が選んだのは俺だった。
それからの三年間は、周囲が俺を扱う環境は百八十度変わった。
急に親しく接してくる友達も増えた。
その中でも特に親しくなったのが聖騎士のギフトを授かっていたアーサーだった。
だが、今日のアーサーの反応を見ても解るが全ては俺では無く、次期王配の立場に対して人が集まっていただけだったのだ。
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