口は災いの元2

顔や体中に感じる草の感触。俺はうつ伏せで倒れてる。それに気が付いたのはその感触の少し後。

ゆっくりと目を開けながら棒だけの手で体を支え起き上がる。膝立ちの状態になた俺の目に映ったのはどこまでも続く大草原。

何も分からぬ土地のしかも人のいる場所までどれぐらい距離があるのかも分からない所に1人ぽつりと捨てられるように飛ばされていた。

訳の分からない姿にされた上にスタート地点がこんな場所。しかもMuとかいうこれまた訳の分からない通貨単位の金を1億集めなければならないという状況に思わず叫び声を上げる。


「あの女神ぃぃぃ!」


あわよくば聞こえていろと思いながら。溜まった負の感情を空に向けて思いっきり吐き出した。そのおかげか少しばかりは楽になった。気がしなくもない。

少し落ち着きを取り戻した俺は再び辺りを見回した。だけど何度見ても広すぎる草原。


「はぁー。とくにかく歩くしかねーか」


そう呟きながら立ち上がるとがま口財布を片手に歩き出した。

それからどれくらい歩いただろうか。普段、運動など全くしてこなかった俺の体力が無いせいか本当に長時間歩いたのかは分からないが足に大分、疲れが溜まっているが分かる。もう歩きたくない程に。こういう時、よく足が棒になるとは言うが本当に棒になっているのは人類史上俺1人だけだろう。そう思うとどこか誇らしくも感じる。まぁ実際には元から棒なんだが。


「少し休憩するか」


どこか休憩できそうな場所はないか辺りを見回していると後からガサゴソと音が聞こえた。その音に反応して振り向いてみると、そこには犬っぽい何かが3匹。

頭に1本の角を生やし牙を剥き出しにした口から涎を垂らしてる。とりあえず敵意だけは伝わるな。多分、モンスターとかそういう類だと思う。

でも問題はこれが何かよりどう逃げるか。武器どころかがま口財布しかもっていない状態じゃスライムにも勝てる気がしない。だからとりあえず今は逃げることを優先しよう。

だけどそんなことを考えていると先頭の1匹が急に走り出した。一気に間合いを詰めて俺目掛け飛び掛かる。


「うわっ!」


咄嗟に両腕を顔の前で交差させる。2本の棒で身を守ろうとするが心もとなさ過ぎて腰は引け、体は後ろへ倒れていった。そのまま尻餅を着くがその痛みより襲い掛かるモンスターが気になって仕方ない。だけど魔物はもう目と鼻の先まで来ていた。


―――避けられない? 俺の転生生活は訳の分からない女神の所為でこんな場所に放り出されただ歩いて疲れただけで終わるのか? しかもこんな雑魚中の雑魚っぽいモンスターにやられて。


そんなのは嫌だ。だけど今の俺にはどうすることもできない。結局、転生したとこでアニメと違ってダメな奴はダメってことか。


「くそっ」


諦めるように呟いた。その時。辺りが一瞬強い光に包まれたかと思うと空から1本の雷がモンスターへ降り注いだ。黄色い雷はモンスターの体を発光させるように全身に纏うとあっという間に真っ黒に染め上げる。こんがりを通り越し黒コゲになったモンスターは体中から煙を立ち昇らせながら地面にぼとりと落ちた。


―――助かった?


そのモンスターを見ながら唖然としていた俺はまだ状況が理解出来ずぼそりと声にすらしないで呟いた。そして必死に状況を理解しようと回転していない頭を無理矢理稼働させる。


―――もしかして新手?


それは雷の出所を考えると自然に思い浮かぶ可能性の1つ。


―――もしかしてヒロインとの出会い?


それは数々のアニメを見た俺の願望とも言うべき可能性の1つ。

俺はとにかく周りに人影が無いか確かめてみるが人っ子一人居なかった。


―――それじゃあこの雷はどこから?


絶えず溢れ出す疑問。だけどその疑問にあまり付き合ってられないのはまだ奥で俺を威嚇する2匹のモンスターを見れば一目瞭然。こいつらに仲間意識とかがあるのならあの2匹は俺を殺すことに闘志を燃やしているはず。なら一刻でも早くここから逃げ出さないと。


俺は2匹から目を離さぬままとりあえず立ち上がった。先ほどの落雷は俺がしたと思ってるんだろう。2匹は牙を剥き出しに唸るが警戒して動きはしない。でもこの状況で動けないのは俺も一緒。逃げ出そうとすれば襲い掛かってきそうな気がして動けない。クラスの中でさえ足は遅い方だったのに犬になんて速攻で追いつかれるに決まってる。


「はぁ、俺にもあんな魔法が使えれば。せめて何か武器があれば。女神があんなんじゃなければ」


こんな状況なのにここじゃないどこかの世界線をただ羨んでしまう。そこは転生したとて変わってないらしい。


「でも魔法か。確か誰かが魔法はイメージだって言ってたっけ」


多分、強い憧れがそうさせたのだろう。子どもがヒーローの変身を真似するのと同じで。

俺は視線は相変わらず2匹に向けながら片手を胸辺りまで上げると頭で炎をイメージした。火の玉のような燃え盛る球体を。自分の掌で燃える火球を出来るだけ鮮明に想像する。


「いや、無理か」


そうため息交じりで呟いたその時。手がほんのり温かくなり、視界の端で赤いようなオレンジのようなモノがゆらゆらとうねり揺れているのが見えた。俺は思わず2匹から視線を離し手に顔を向ける。そこにはイメージ通りの火球が燃え盛っていた。


「うそ...」


まさか本当に出来るとは思っていなかったせいで思わず動揺してしまった。

だがすぐにモンスターのことを思い出し視線を戻す。モンスターは視線が外れたことを好機だと思ったのだろうすでにそんな俺目掛け走り出していた。

その姿を確認すると俺は手中にある火球がどれほどの威力か本当に魔法なのかなど全く分からなったが半ば投げやりで投げつけた。手から離れた火球は真っすぐ飛んでいくと2匹の内の1匹に見事命中。コントロールのせいで外れたらと心配していたがそれは心配で終わった。

先程の雷同様に一瞬にしてモンスターの体を包み込んだ炎。だが今度は黒コゲでは済まされず灰となって草々に降りかけられた。


「おお!」


思わず歓喜の声が零れる。だがモンスターはあと1匹。しかももう既に地から飛び立ち俺に飛び掛かっていた。まだあの炎を瞬時に出せる気はしない俺は必死になってその攻撃を躱す。アニメや漫画で見るような華麗な躱し方ではなかったが命が助かるのならどうでもいい。それに見てる人もいないし。


再びモンスターと距離を取ることに成功するとまた襲い掛かられる前にもう一度火球をイメージする。すると今度は先程よりもスムーズに火球が現れた。

俺は魔法が使える。そのことを確信するとまるで最強にでもなったかのように自信に満ち溢た。ニヤケずにはいられない。


「さぁ来い!俺が雑魚Aみたいなお前に負ける訳ないだろ!」


言葉は通じていないだろうがどこか怒りに満ちた唸り声を上げるモンスター。


「今更そんな声を出したところで怖いわけ...」


眉間に寄った深い皺。ヤンキーが眼を付けるように鋭い目。剥き出しの牙。


「いや、やっぱこえーな」


そんな俺の恐怖心を感じ取ったのかモンスターは勢いよく走り出しワンパターンの飛び掛かりを見せた。ちょっと。ほんのちょっとビビ...。油断してた俺の眼前まであっという間に迫ったモンスター。顎が外れそうな程に口を大きく開き唾が線を引いている。

そんなモンスターへ俺は若干焦りながらも火球を直接ぶつけようと手を伸ばす。その姿はさながら某漫画の螺〇丸を片手に突っ込む主人公。

そして俺はごうごうと燃える火球を牙が届くより先にその横顔へ殴るように押し付けた。


                * * * * *


転生生活最初の危機を何とか乗り越えた俺は大きな発見に胸を躍らせていた。俺は魔法が使える。そのことに興奮しないわけがない。夢にまで見た魔法。

早速、色々と試してみることにした。どんなことが出来るのか手探りで調べるのは今後にも繋がってくるはず。

そう思いモンスターの骸が転がる傍で時間をかけて色々試してみた。結果、分かったことは火以外にも色々と使えるということ。

これで全部かどうかは分からないが使える属性は火、水、氷、風、土、木。そしてそこから更にどういう風にその属性を扱うかと枝分かれしていく。それは何か決まった技的な何かがあるのか本人の想像力に委ねられるのかは分からない。そしてこれがすごいのか魔法の威力がどうなのかとかは比べる人がいないからもちろん不明。

でもとにかく身を守れる術を持っていることにホッとした。


「あの女神、俺が死ぬなんて知ったこっちゃない。むしろ死ね。みたない感じだったのになんだかんだ気にかけてくれてんじゃん。さてはツンデレか? そう考えるとちょっと可愛いな」


少しだけセルティアのことを見直した。だけどやっぱりこんな姿にしてこんなとこに放り出したことは許すまじ。


「とりあえずはやっぱ情報とか必要だし人のいる町とか目指して移動するか。はぁー」


もしかしたらあと何時間も歩くかもと考えてしまい既に疲れた。


「いや、もしかしたら何時間どころか何日かも...」


想像すらしたくない。こういう時にDエモンのDこでもDアがあれば。

口から出て来るのはもしとため息ばかり。だけどいつまでもこうしてては何も始まらない。


「よし!とりあえず歩いて道でも探そう」


俺は丸い顔を棒で叩き気合いを入れると1歩目を踏み出した。


                * * * * *


こうして高松 隆史の転生生活は幕を開けた。

これから先に待ち受けることを想像し彼の胸は期待で一杯になっていた。まだ見ぬ魔法や美女。様々な種族や美女。想像の存在でしかなかったモンスターや美女。あとは美味しい食べ物や美女とか美女とか。

だが待ち構えている出来事が楽しいものばかりでないことをまだ彼は知らない。


そして人を求め歩き出した彼がこの世界の人間とファーストコンタクトするのも、名前を聞かれた際にかっこつけて『高松 隆史』ではなく『アーサー』と名乗るのもまだまだ先の話だった。

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転生途中で女神様を怒らせてしまい棒人間にされたけどミスって全属性扱えるようにもしてたのは内緒の話 佐武ろく @satake_roku

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