《9》猫のおじさんと保護者

 店員二人は無責任なことを言う空色の髪の青年に憤っていたが、少しして思い直したらしく呆れた顔を彼に向けた。


「というか、何やってるんですか貴方……?」

「そうですよ。一体どういう事ですか?」


 彼女たちの反応を見るに、普段は中学生の後を尾行するような怪しい人物ではないという事だろう。


「あー……えっと、それは……」


 何か事情があるのか、青年は考え込む素振りを見せた。


「……あ、ああ――――!!!」


 ここまで黙っていた少女が青年を指さし大きな声で言う。


「猫のおじさん!!!」

「え!?」

「!?」


 傍にいたスアラと店員の一人が少女を見ると、彼女は嬉しそうな顔をしていた。


「猫のおじさんだ!!」

「ん、俺の事は覚えてるんだ?」


 青年は意外そうに少女にたずねる。その口ぶりからして少女が記憶喪失であることを把握しているらしい。


「ううん、店長さんが吹き飛ぶの見てたら思い出してきた!」

「……あ、そうなんだ」


 猫のおじさんは苦笑いを浮かべた。どことなく複雑そうな感じである。


「この子、あの二人の手合わせを見たことがあって、それが記憶を取り戻すきっかけになったのね」


 少女側についてきていた店員はなるほどと納得した。


「思い出したって、全部?」

「うん、全部!」


 傍にいるスアラがたずねると少女はしっかりと頷いた。それを見てスアラはほっとした表情を浮かべる。


「じゃああの人は?」

「猫のおじさん!」

「……そうじゃなくて……」


 とりあえず警戒している様子はないので、普通の知り合いなのだろうとスアラは判断した。




「俺はその子の保護者の友人ってところかな。その人に様子を見てきてほしいって頼まれてね」


 空色の髪の青年が亜希たちの後をつけていた事情を説明した。

 少女が記憶を取り戻したので、二手に分かれていた亜希たちは合流し改めて青年から話を聞く事にしたのである。


「そうだったんですね。あの、”猫”というのは……?」

「俺が連れてる猫のことだね。別行動で君たちを追いかけてはもらってたから近くにいるよ。ほらあそこ」


 亜希が首を傾げてたずねると青年は塀の上の方に視線を向ける。そこには黄色い猫が夕焼け色の目でこちらを見下ろしていた。

 その猫は軽やかな動きで青年の肩に飛び移る。


「らっしーだ!」


 少女が黄色い猫を見て嬉しそうに言う。するとなぜかその猫――らっしーはびくりと体を震わせてそそくさと体の大半を隠してしまう。

 意外な行動に亜希たちは目を丸くし、らっしーを肩に乗せた青年は苦笑いを浮かべた。


「この子が苦手なんだよね、らっしーは。お陰であまり近づいてくれなくて、さっき君たちが二手に分かれた時にらっしーも見失っちゃったし」


 青年の肩に前足をかけ目から上だけを覗かせて亜希たちの方を見ているらっしーである。


「あ、そうだったんですね……。ところでなんで保護者の人じゃなく貴方が?」

「ああ、それは」

「余計な事は言わなくていい」


 亜希の質問に青年が答えようとすると突然別の声が割り込んできた。声がした方に首を巡らせると、いつの間にか赤毛の青年が腕を組んで立っていた。


「おや、保護者さんのお出ましだね。意外に早かったけどもしかして俺の後を更について来てたとか?」


 こちらに歩いてくる少女の保護者を見ながら空色の髪の青年が笑顔で問いかける。


「…………」


 対して赤毛の青年は無言でじろりと見返した。


((……なんか怒ってそう……))


 亜希とスアラは内心びくびくしながら赤毛の青年を見る。そんな二人の心境を察したのか空色の髪の青年がさらに言った。


「ほらほらーそんな難しい顔してるからお嬢さんたちが怖がっちゃってるよ?」

「……誰のせいだ誰の」


 少女の保護者は目を据わらせるが、青年は気にした風もなく続けた。


「ごめんね。このおじさんいつもこんな感じだから気にしないでね」

「は、はあ……」

「は、はい……」


 笑顔でそう言う青年の後ろで保護者が怖い顔をしているので素直に頷けない亜希とスアラであった。


「貴方がその子の保護者だったのね」

「道理で店長が何か引っ掛かりを覚えるはずね……」


 一方、赤毛の青年と記憶喪失の少女の関係を知った店員二人は納得したように頷いていた。そんな彼女たちに亜希は不思議そうな顔で尋ねる。


「え、どういう事ですか?」

「彼も店長が手合わせしようとする人なのよ。どこか似てるような気がしたんでしょうね」


 店員の一人が赤毛の青年を見る。


「まあ、あっちの彼の方が店長とは付き合い(?)が長いけどね」


 もう一人が今度は空色の髪の青年を見ながらそう言った。


「そういえば、保護者の人とその子は学園内で一度会ってるんだよね。急に走り出したって亜希たちは言ってたけど、なんで?」


 ルーヴァが思い出したように疑問を口にする。ちなみに彼は青年を怖がっている様子はない。


「そうそう! その時なんか嫌がってたから、てっきりやばい方の知り合いかって勘違いする原因になったのよ!」

「どうしてだったの?」


 亜希とスアラが藤色の髪の少女にたずねる。同じく見当もつかない彼女の保護者と猫のおじさんも視線を向けた。


「うん? あー……あれね……うーん……」


 肝心の少女もよく分からないようで考え込んでしまった。それを見て保護者は軽く息をつくと言った。


「大した意味はないってことだろ。別に俺は気にしてないしな」

「といいつつ気になってるよね?」

「別に……」

「そう? 最初は直接追いかけるのも悩むくらいには気にしてたようだけど、もう気にならなくなったんだ?」

「…………おい」


 赤毛の青年は空色の友人を思いっきり睨んだ。亜希とスアラは顔を見合わせると少女の保護者を見る。

 すると彼は決まり悪そうな顔をしてあらぬ方向を向いた。


(……見た目ほど怖くはないのかな……)

(……人は見かけによらないものね……)


 などと二人は心の中で思ったのだった。

 赤毛の青年ではなく彼の友人が追いかけてきたのはそのためだったようである。


(くそ……これだからこいつには頼みたくはなかったんだ……)


 一方、赤毛の青年は内心頭をかかえていた。

 本当は金髪の聖騎士か灰色の女魔族を呼びたかったが、前者は生憎任務中で不可能、後者はこんな時に限って連絡が取れなかった。

 元々神出鬼没でふらふらしている感じではあるものの、割と連絡はつくので大丈夫かと当てにしたのだが……(もう一人深緑色の聖女もいるが、彼女には尾行は難しいと考え除外)。

 そんな友人を他所に、猫のおじさんは亜希たちに言った。


「この子大食いだから大変だったよね。食事代の他にもいろいろ込めて多めに返すね」

「……それは俺がやる。それよりもお前らまともな昼食べてないだろ。その辺の店に入るか?」

「まずはそれがいいかな。デザートもつけよう」

「あ! いえ、元はといえば私のせいで記憶喪失になってしまったので……」


 大人二人がどんどん話を進めてしまうので亜希が慌てて断ろうとすると、


「……あ、そう、デザート!!!」


 またもや少女が大きな声を上げる。


「え、何?」

「……?」


 亜希と赤毛の青年たちは揃って少女を振り返った。


「大事にとっておいたプリン食べられた!!」


 腰に手を当てた少女はびしっと赤毛の青年を指さし言い放った。頬を膨らませているので怒っているようだ。


「……あ、あれか……あれは悪かったって言った筈だが……」


 赤毛の青年は歯切れ悪く言い淀んだ。


「ふむ、それっていつの話?」

「今朝の食後だな……」


 空色の髪の青年がたずねると彼の友人はそう答える。


「……ああ、この子がなんで最初学園で会った時に嫌がったのかわかったかも」


 青年は少し考えてから顔をあげた。


「記憶喪失になってからもその今朝の出来事をなんとなく憶えてたから、君の姿を見てなんか嫌だなって思ったんじゃない?」

「…………」


 原因は赤毛の青年自身にあったらしい。友人の言葉を聞いて彼は黙り込んでしまった。

 なんだか少女の保護者が落ち込んでいるようにも見えてきたので、亜希たちは頑張ってしばらく励ましたりしたのであった。



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<番外編>


猫のおじさん:らっしーが三人を見失っていなければ、俺が店長に後れを取ることもなかったと思うんだけど……(肩のらっしーがジト目で彼を見る)ん? 自分のせいにするなって?

亜希:なんでその猫さんが見えているだけで違ってくるんですか?

猫のおじさん:そりゃらっしーから伝心術で位置を……と、あっち本場の話。(にこり

亜希:???

猫のおじさん:それにしても、連絡(尾行)する候補に金髪の聖騎士が入ってるのはちょっと意外だったね

保護者:あいつもこっちでは成長してるってことだろ。あっちじゃとてもじゃないが……

あっちの主人公:誰がポンコツですって!?

猫のおじさん:おや、噂をすれば

保護者:そこまで言ってないだろ……

亜希:あっちの主人公さん? 初めまして。こっちの主人公です。(ペコリ

あっちの主人公:あ、こっちの主人公の亜希ちゃんじゃない。私はあっちの主人公……名前は強制力(?)が入って言えないんだけど、よろしくね!(笑顔

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