《8》店長VS不審者

 亜希と店長たちは商店街を抜けて住宅地の中を歩いていく。昼過ぎということもありまだ人の往来はそこそこある。

 同じ方向に歩く人もまばらにいる中で、一人、偶然を装いつつ亜希たちの後をつけている者がいた。帽子を目深に被った背の高い男だ。


 目的の少女と一緒にいる生徒たちは、T字路で一旦立ち止まると手を振り合った。タピオカ専門店の店長たちも何か話して店員の一人が離れる。

 恐らく行き先が違うのだろう。予想通り二手に分かれ歩き始めた。

 若草色の髪の少女・杏色の髪の少年・店員一人・店長が右へ、桃色の髪の少女・藤色の髪の少女・残りの店員が左の道路に曲がっていく。

 彼女たちの数メートル後ろを歩いていた男は左の角に向かって進んだ。


「……!?」


 だが、その先を見て足を止める。歩いている筈の三人の姿が見当たらなかったからだ。

 周囲を見回そうとしたところで背後に気配を感じ右手首を掴まれた。


「誰か探しているのか?」

「!」


 後ろに立った店長がそのまま手を捻り上げて取り押さえようとする。しかし男は降参するように肘を曲げて右手を上げると、続けて左斜め下方向に振り下ろし店長の手から逃れる。その勢いのまま体を回転させ彼から距離を取った。

 自身の手を器用に振り払いこちらに向き直った男に、店長は警戒するどころか面白そうに目を細めた。


「ほう、ちょっとは骨のあるやつらしい」


 店長が踏み込み連続で拳を繰り出す。一撃はそこまで重くないがその分鋭くかなり速い。対して男は流れるような動きで一つ一つ確実にいなしていく。


 その二人の攻防を亜希たちは固唾を呑んで見ていた。男が見失っていたはずのスアラと少女、店員の姿もいつの間にかある。

 藤色の髪の少女を連れたスアラたちはT字路で亜希たちと別れた後、ある場所に身を隠していた。

 道路の片側は無人の古い館が建っており、それを囲む煉瓦塀も所々崩れていて草が生い茂っている部分がある。そこに半ば隠れるように人一人通れるくらいの穴が開いていて、一旦古い館の敷地内に避難していたのだ。


 上段に向かって店長の打撃が続く中、左拳を引いた後相手の構えが僅かに変わった事に男は気付く。

 今度は速さの乗った拳ではなく恐らく打ち抜くような重い一撃が来る――

 そう判断し男は次の拳は受け止めるのではなく避けようと意識を集中させた。

 予想通り腰の入った右拳が繰り出されてくる。しかし、途中から店長の姿勢がおかしいことに気づく。

 視界の端に何かが勢いよく飛来するのが見え、男は反射的に腕を上げた。

 直後、腕越しに凄まじい衝撃を受ける。


「……っ」


 店長が右拳を打ち込むと見せかけて素早く体勢を変え、上段回し蹴りを叩き込んだのだ。

 男がよろめいたのは僅かな時間だったが、その隙に店長が懐に入り顎目がけて拳を放つ。

 それを男は首を動かしてぎりぎり躱し、逆に顔の横に来た店長の腕を掴むと後方に投げ飛ばした。彼はうまく体を捻り地面に着地する。


 不審者は店長に任せる事にしていたが、相手も強いようでなかなか取り押さえられない。

 手を出すと店長の機嫌が悪くなる。しかし、そうも言っていられないだろうかと店員二人が判断しかけてきた頃だった。

 店長の上段回し蹴りを不審者が掴み、彼を引き倒そうとする。

 バランスを崩し店長は地面に倒れそうになったが、咄嗟に両手を地面についてもう片方の足を相手の首に引っ掛ける。

 これには不審者も予想外だったらしく、そのまま二人は路上に勢いよく倒れ込んだ。

 その時、男の被っていた帽子が脱げ落ち、長い空色の髪が背中に流れる。


「……え」

「誰……?」


 不審者の素顔を見て亜希とスアラは困惑した。学園内で会ったあの赤毛の青年だと思っていたからである。

 そこにいたのは、腰までかかる髪を後ろで一つに結んだ空色の髪と瞳の青年だった。

 また謎の人が増えてしまった……しかも後をつけてくるような人なので良くない方の知り合いだろうかと二人は警戒する。


「……あれ?」

「あの人……」


 一方、店員二人は青年の顔を見て訝しげな顔をする。どこか見覚えがあるような気がしたのだ。


「……なっ、貴様は!!」


 体を起こして最後に彼の顔を確認した店長が何やら声を上げた。同時に店員二人も思い当たった顔をする。


「その顔この百年一瞬たりとm……」


 言葉の途中で突然青年が店長の胸元に向かって掌底を放つ。その手元が空色に光った瞬間店長の体が吹き飛んだ。

 後ろには煉瓦塀があったがそれを突き破っても勢いは止まらない。店長は空中で体勢を立て直し着地しようとするが、そこに空色に輝いた複数の何か投具が容赦なく直撃。

 そのまま彼は手入れのされていない庭を突っ切り古い館の一階に激突した。

 全てはほんの数秒の出来事だった。


「「「…………」」」

「「て、店長――――――!?」」


 亜希たち三人はあまりのことに言葉もなく眺め、店員二人は驚いて店長の飛んでいった方向を見ていた。


「…………あ、つい」


 空色の髪の青年が発した第一声はそれだった。なんだか間の抜けた声にも聞こえた。


(つい……?)

(つい……?)

(つい……)


 亜希とスアラとルーヴァは心の中で同時にそう思った。


「「”つい”でうちの店長吹き飛ばさないでもらえますか!?」」


 対して店員二人が同時にそう抗議の声を上げた。


「ごめんごめん。顔を見られて思わず」


 立ち上がった青年はへらりと笑って言う。


「そりゃ、普段から店長が貴方を見るなりしつこく手合わせを挑んでいるのは知ってますが……」

「いくらうんざりしているからって、店長が挑む前から吹き飛ばさなくても……」


 店員二人は頭をかかえた。どうやら彼女たちと空色の髪の青年は見知った仲らしい。

 店長に正体がばれた青年は、また彼が手合わせをしようとしてくると思い条件反射で? 先手を打ってしまったようだ。

 ちなみに古い館の敷地に突っ込んだ店長は戻ってくる気配はない。気絶してしまったのだろう。


「もし遅れたら人助けしてて気を失ってたって言えば大丈夫じゃない?」

「確かに間違ってはいないですが……」

「それ店長が起きたら絶対に認めないですよ」


 青年の提案に店員たちは難色を示した。


「そこは部下の君たちが何とかしないと」

「「部下だからこそ無理だってわかるんですがね!?」」


 揃って部下二名はそう切り返した。

 そんな大人三人のやりとりを亜希たちは呆気にとられて眺めていたが、スアラが何やらもの言いたげな顔である人物に視線を向けた。


「しつこく手合わせを……ねぇ……」

「何?」

「……自覚がないのね」

「??」


 首を傾げて見返してきた亜希にスアラは深いため息をついた。



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※掴まれた手を振り払った方法はネットで調べただけです。実際にその通りできるのかは保証しませんので悪しからず……


<余談>

青年が店長を吹き飛ばす場面がありますが、あれに似たシーンが本編にあります。と言うかそれを元にして作りました。(笑

本場(本編)では店長は建物に突っ込んだくらいでは気絶しませんが、この場でそれをやると話が進まないので作者の強制力?が働いてます。(謎

まあこの世界では弱体化しているということで。

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