《6》黒い粒々が沈んだ飲み物 その1
四人が商店街の中を歩いていると、すれ違った若い女性が手に持っている物を見て少女がたずねる。
「ねえ、あの飲み物なーに? 底に黒いのがいっぱい沈んでるよ」
「ああ、タピオカドリンク。あれも最近流行だよね。飲んだことないからよくは知らないけど」
「私もテレビの番組か何かで見たくらいね。確か黒い粒々がそのタピオカっていう食べ物よ。そういえば、この辺にもタピオカドリンクのお店がオープンしてたような……」
やや前を歩く亜希とスアラがそれぞれ答えた。
「あれだね」
ルーヴァが示した先には、商店街の一角で行列を作っている店があった。
黒と白のシックな雰囲気で、看板には『タピオカ専門店 マキョウ』と書かれている。男性一人、女性二人でやっている持ち帰り専門店だ。
「……猫のおじさん?」
その店を眺めていた少女が呟くように言う。予想外の言葉が出て亜希とスアラは少女を振り返った。
「え、何か思い出したの?」
「知り合い……?」
「うーん……」
亜希たちは少女に問いかけるが、やはりはっきりしないようで首を傾げている。
「客? それとも店員の方?」
「……店員……かな」
ルーヴァの質問に少女は少し考えた後にそう答えた。
「おじさんってことは、あの男の人かな……?」
亜希は奥の方でタピオカドリンクを作っている背の高い店員を見た。
応対とドリンクの用意を兼ねている女性二人は笑顔を浮かべているのに対し、こちらはお客の方にはあまり視線を向けずに黙々と作り続けている。
「……話しかけてみるにもやっぱり並ばないといけないよね」
亜希は苦虫を噛み潰したような顔をした。
必然的に何か買わないといけなくなる。『開店記念! 今なら全品30円引き』とスタンド看板にあるので多少は安く買えるがそこそこ値は張るのだ。
「足りないなら出そうか?」
「う、足りてはいるのよ」
ルーヴァの言葉に亜希はむすっとしながら返した。今月のお小遣いが残り少なくなっていく亜希である。
「しょうがないから私も出してあげるわよ」
見かねたスアラがため息をついてそう言った。
「じゃ、ここも割り勘だね」
ルーヴァも出す気らしい。
「わたしもわたしもー」
少女も出す……
「あなたは持ってないじゃない……」
事はできなかった。そう、少女は無一文だった。実は今までの割り勘に少女は含まれていない。
ちなみに呆れながら突っ込んだのはスアラである。
「うー……ありがとうみんな!!」
亜希は感激してスアラとルーヴァに腕を伸ばした。少女も混ぜてほしそうに眺めていたのは余談である。
そんなこんなで、四人は店員たちから話を聞いてみるためにタピオカ専門店の行列に並び始めた。
「意外と回転は早いのね」
「こういう店は冷凍タピオカ使ってて、これは少し茹でるだけで解凍できるからあまり時間はかからないよ」
亜希の言葉にルーヴァがそう答えた。
「そ、そうだった」
「うん」
「…………」
妙な間が空く。そんな中スアラが何かもの言いたげな顔で亜希を見ていた。対して彼女はそんなスアラの視線から逃れるようにあらぬ方向を見ている。冷や汗を流しているのは気のせいだろうか? 少女とルーヴァはそんな二人を瞬きして見ていた。
亜希たちの順番は進んで、吹き抜けの厨房の前に差し掛かった。そこでは紺青色の髪の男性店員が注文のタピオカドリンクを作っていた。
「あのーすみません!」
「なんだ?」
亜希が声をかけるとその店員は見向きもしないで言った。
「店長! 敬語!!」
前の方にいる女性店員からすかさず声が飛ぶ。
「……なにか?」
やや面倒そうにその店員――いや店長は言い直した。
((……店長……?))
失礼ながらもまじまじと見つめてしまった亜希とスアラである。
「ちょっと聞きたいことがあるんですが。こっちの子とお知り合いではありませんか?」
気を取り直して、亜希は少女の腕をとって店長に向かってたずねた。
「……?」
流石に予想外の質問だったらしく、店長は訝しげな表情をして亜希たちを見る。
「「へ?」」
店員二人も驚いてこちらを振り返った。
端正な顔立ちをしたその店長は、青みがかった黒色の瞳で少女を見つめている。亜希たちは固唾を呑んで彼の言葉を待った。
「…………」
だがなかなか店長は答えない。店員二人も呆気にとられた顔をしていたが、すっかり手が止まっていることに気づいて慌てて言った。
「あー! 店長は(興味のある人以外は)すごく人の顔覚えるのが苦手で!!」
「あと二十分で私たちあがるんで、お時間あるならちょっと待っててもらっていいですか?」
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