《5》厚みのある円形の黄色いスイーツ
焦げ茶色の床に白い壁の店内は昼時なだけあって混んでいたが、運よく四人掛けのテーブルが空き、亜希たちはあまり待たされることなく席に着くことができた。
茶色の椅子に座った亜希は、赤と白のチェック柄のテーブルに置かれたメニュー板を急いで手に取る。
「何頼む?」
「うーんと……」
亜希とスアラがメニューと睨めっこしていると、向かいの席に座った少女が隣のテーブルに運ばれてきた物を見て言う。
「あ、あれ食べたい」
「ん?」
そこには、厚みのある円形の黄色いものが五枚皿の上に乗せられている。表面は小麦色に焦げていて、その上にホイップクリームのような白いものが添えられていた。
「ホットケーキかー」
「あれなら私たちも一枚ずつ食べられそうね」
少女にはもちろん二枚である。割り勘するし値段は大丈夫だろう。たぶん。
亜希が隣のテーブルに料理を置いた店員に声をかけた。
「すみません、それ一つお願いします」
「はい。スフレパンケーキのプレーン一個でございますね」
「あ、あと一緒に取り皿とフォーク三本追加で持ってきてください」
「かしこまりました」
亜希たちはとりあえず少女に水を飲ませつつ、注文した品物が来るのを待つことにした。水で少しでも少女のお腹が膨れるといいのだが。
「最近はホットケーキじゃなくてパンケーキって呼ぶのかな」
「あーあれじゃない? 分厚い生地のふわふわパンケーキって今流行ってるからその影響かもね」
「ホットケーキって何? あれってパンケーキじゃないの?」
亜希とスアラがそんな会話をしていると、少女がガラスコップ片手にたずねた。中身の水はもうすでに半分を切っている。
「え、パンケーキは知っててホットケーキは知らないの?」
「うん」
亜希が驚いて問いかけると少女は真顔で頷いた。その横でスアラが店員を捕まえて少女の水を足してもらう。
「記憶喪失の影響……?」
「どうかな。さっきも言ったけどこの子が帰国子女ならあり得なくはないと思うよ」
首を傾げる亜希にルーヴァが思案顔でそう言った。
「え、どういうこと?」
「海外ではパンケーキって呼ぶのが一般的だから。ホットケーキっていう言葉は基本使わないんだ。
ちなみに日本でのホットケーキという言葉は、昔パンケーキが日本で翻訳された後、あるデパートの食堂でハットケーキと言う名称で登場して、それが転じてホットケーキになったんだよ」
「ふーん、ホットケーキは和製英語なのね」
亜希が納得したように言う。その背景ではまたスアラが店員を呼び止めて水を少女のコップに注いでもらっている。
「それも厳密には違うよ。selling like hotcakes(訳:飛ぶように売れる=人気がある)という慣用句では存在してるし、アメリカの一部では分厚いパンケーキをホットケーキって呼ぶところもあるから」
「流石ルーヴァ様! 詳しいわ!」
パンケーキとホットケーキについて淡々と説明するルーヴァをスアラが(少女の水の残量に気をつけつつ)感心……いや感激して聞いていた。
「む、私のライバルとしてはそれくらい知っててもらわなくちゃね!」
亜希は開き直ってルーヴァを見た。その後ろではスアラが店員を呼ぼうとしたところ店員が先んじて水を入れに来る光景が見えていた。
「別に大したことじゃないけど」
「…………」
ルーヴァのその謙虚なところが亜希にさらに対抗意識を芽生えさせているのだが、本人は全くの無自覚であった。
そうこうしているうちに亜希たちのテーブルに焼き立てのスフレパンケーキが運ばれてきた。別の小さな器に入った蜂蜜も一緒に添えられている(余談だが、ご自由にどうぞと言われて氷が浮かんだガラス製の水差しも置いていかれた)。
「おーおいしそうね!」
「分けましょ」
「はやくー」
女子たちは目を輝かせて眺めている。やはり甘いものを前にしてテンションが上がっているようだ。
「これホイップクリームかな?」
「バターだよ。ホイップバター」
亜希の疑問にルーヴァがメニューの説明のところを思い出しながら答えた。
「これバターなの!?」
バターといえば溶けかけた黄色い四角いものを想像していた亜希は目を見開いた。
「正確にはバターと生クリームを混ぜ合わせて泡立てたもの、だね」
亜希とルーヴァが話している間にスアラはてきぱきと動いていた。五枚のパンケーキを取り皿に分けてホイップバターと蜂蜜をそれぞれに掛けていく。
スアラが手慣れた様子で素早く完了させ、亜希たちはスフレパンケーキを食べ始めた。
「なにこれ口の中で溶けていくんだけど! ホイップバターも軽くてふんわりしてるし」
「舌触りがきめ細かくていいわね。生地もそんなに甘くないし」
「もぐもぐもぐもぐ」
亜希たちは口々に感想を述べる(一人ひたすらに食べているだけだが)。ルーヴァは静かに食べているが少し頬が緩んでいるような気がしなくもない。
流行りのパンケーキを堪能した四人は暫し寛いだ後、三十分ほどで洋食屋から出てきた。
一人の少女が真っ先に通りに出るとすぐに周囲に視線を走らせる。
「ちょっとスアラ、顔が怖いよ?」
そんな彼女を見て亜希が言った。
「注意するに越したことはないでしょ」
「それはそうかもしれないけど」
「まあ、人目があるところなら表立って可笑しなことはしないと思うけれどね」
その後亜希たちは学園に戻ることにしたが、念のため人通りが多い商店街の中を通っていく事にした。やや遠回りになってしまうが仕方ない。
そんな四人の後方を行き交う人に紛れて静かについてくる人がいたが、スアラを始め誰も気付いていなかった。
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