《3》海苔が巻かれた丸くて白い食べ物
亜希とスアラが学園に戻ろうという話で一致したところで、二人の耳に何かの音が聞こえてきた。それは少女のお腹付近から発生したようだ。
「お腹空いた……」
少女はお腹に手を当てて呟くように言った。心なしか最初よりも元気がないように見える。
「ああ、そういえばもうお昼過ぎてるんだった」
「どうする? 食べてから戻る?」
「そうねぇ……」
二人がそんな会話をしていると、少女が覚束ない足取りで歩き始めた。その足は何かに引き寄せられるようにある店へと向かっていく。
その先にあるのは商店街の一角にある煉瓦造りの洋食店だった。
「ごはん……ごはん」
それに気づいた亜希とスアラが慌てて少女を追いかける。
「ちょっとちょっと、そこは中学生がお昼食べるにはまだ早いような!? 私そこまで予算ない!!」
「あー割り勘すれば食べられなくはないんじゃ?」
「足りなくない!?」
「まあそうよね……」
「私ちょうどマク◯のLサイズポテトのクーポンあるからそこでハンバーガーとか食べようよ!」
「Lサイズなら三人で分けてもちょうどよさそうね……って、ん?」
「あれ?」
少女が向かっているのが、焦げ茶色の木枠に長方形のガラスをはめ込んだ洋食店の扉ではなく、少しずれていることに二人は気づく。そこは一面硝子張りとなっていて、中にはライトに照らされた本物そっくりのサンドイッチやオムライス、グラタンなどの食品サンプルが並んでいる。
「……ご……は……ん……」
目を据わらせて少女が呟く。何やらただなぬ様子の少女に亜希とスアラの動きが止まる。
少女は食品サンプルの入った硝子ケースの前までやってくると右手を握り締め体を捻った。拳で硝子を割ろうとしているようにしか見えない。
ただ脇も締めていないし構えは完全に素人のそれだった。だが、右拳を突き出した瞬間、拳を覆うように気のようなものが纏わりつく。
「「!?」」
立ち尽くす亜希とスアラの前で硝子ケースが少女によって粉々に砕かれ――ることはなかった。
少女の拳が硝子に届く寸前、横から誰かが割り込んで少女の右腕を真横に素早く払ったのだ。
空を切った少女の拳は振り抜かれた瞬間、物凄い風を巻き起こし商店街のアーケードの中を吹き抜けていった。
突然の強風に商店街の店員やお客、歩行者から驚きの声が上がる。
「「……………………」」
茫然とその風を全身に受けていた亜希とスアラだったが、少女の拳を直前で払った人を見て我に返った。
そこにいたのは二人がよく知った少年だった。
「ルーヴァ!」
「ルーヴァ様!」
風で乱れた髪型のまま、二人は同時に声を上げた。
「……この子誰?」
硝子ケースに向かってまだ拳を振ろうとする少女の腕を掴みながらルーヴァはたずねる。
「あー誰かは私たちも知らないというか本人もわからないというか」
「本人も……? ……っと」
亜希の言葉にルーヴァが首を傾げていると、腕を掴まれている少女がだんだん暴れ出してくる。
ルーヴァは男子なので今のところ抑えられているようだが、先程の謎の力? を向けられたらひとたまりもない事は明白だ。
普段あまり表情を変えないルーヴァの顔にやや焦りの色が浮かんでいる。
「ああ、どうしたらいいのかしら!?」
「そうだ、お腹空いてるなら……」
狼狽えるスアラの横で亜希が思いついた顔をした。肩からリュックサックを下ろすと中に手を突っ込み何かを探し始める。
程なく取り出したのは海苔が巻かれた丸くて白い食べ物。拳くらいの大きさで透明なラップに包まれている。
「とりあえずおにぎりでも!」
意外なものが亜希のリュックサックから現れてスアラは目を瞠った。
「なんでそんなの持ってるのよ!?」
「今日お昼までだからその後ルーヴァと勝負するために作って来てたのよ」
亜希はおにぎりのラップを急いで剥がしながらそう言う。
「あんたねぇ……」
そんな亜希をスアラは呆れ返って見た。ちょっと前の食べながら探すというのはそういう意味だったらしい。
少女からやや距離を取るために亜希は隣の
「あーお腹空いた! そうだ、これ食べよー!!」
亜希が彼女に聞こえるようにわざと大きな声で言った。すると少女の動きがぴたりと止まり、声のした方――亜希を振り返る。
そしてその手にあるものをじーっと見つめた。
「……おむ……すび……」
ゆっくりとした足取りで少女が亜希の方へと歩き始める。少女が洋食店の硝子ケースに殴りかかろうとしなくなったので、ルーヴァはひとまず彼女の腕を放した。
相変わらず少女は目を据わらせたままじりじりと近づいてくるので変な威圧感を醸し出している。
亜希とスアラは思わず逃げ出しそうになりながらもなんとか踏ん張った。少しずつ後ずさりして少女を引き寄せていく。
――――こうして、冒頭の光景に繋がっていったのである。
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