《1》ぶつかる二人(※物理含む)

 ここは日本のどこかにある聖十字学園。薄紅色に咲き誇る桜の花がいつもの何気ない街の景色を彩り、公園や河川敷などいたる所で見られる季節。

 始業式を終えた生徒たちが各々の教室へ向かう中、それをかき分けるように中等部の廊下を二人の少女が走っていた。それも競い合うように。


「んもーしつこい!!」

「しつこいのはそっちでしょ!! いい加減にしなさいよ!!」


 前髪の一部をヘアピンでとめた若草色の髪の少女と、紺色のカチューシャをした淡い桃色の髪の少女が、お互いに唾が届きそうな距離で言い合いをしている。

 二人はクラスメイト同士で教室に向かっていた。……走りながらだが。


「春休み中はいっぱい勝負できると思ったのに何で毎度毎度現れるのよ! おかげで全然できなかったし!」

「貴重な春休みをあんたなんかの勝負で潰させるわけにはいかないのよ!!」

「変なところに力注いでないで授業とか勉強にその熱を入れたらどうなの!?」

「その言葉そっくりそのまま返すわよ!!」


 二人が器用に走りながら口論していると、突然彼女たちの体が後ろに引っ張られた。


「う!?」

「きゃ!?」


 気づけば背後に銀髪に糸目の男性が立っていて、二人の襟首を別々に掴みあげていた。


「深山亜希さんにスアラ・シルベルさん? 廊下はマラソンをする場所じゃないんだけどね?」


 若草色の髪に黄緑の瞳の少女――亜希と、桃色の髪に灰青色の瞳の少女――スアラをその人は交互に見て言う。


「「む、麦田先生……」」


 亜希とスアラは冷や汗を流しながら自身のクラスを受け持つ教師を見上げた。


「あと、廊下で大声を出さないように」

「「は、はい……」」


 口調はゆったりとして静か。だが纏う空気がどう考えても怒気を含んでいる。しかも表情は笑顔なので余計に怖い。

 二人が反省したようなので先生は彼女たちの襟首から手を放した。


「わかったならいいのです。さあ教室に戻りなさい。もちろん静かに歩いてね?」

「「はい」」


 亜希とスアラは大人しく歩き始める。

 しばらく二人は静かに歩いていたのだが、少し亜希が早歩きを始めた。スアラは横の亜希が自分よりも少し前に出たのに気付き、彼女も早歩きになる。

 すると今度は亜希がまた速度を少し上げる。それを見てまたスアラの速度が上がり……そこで糸目の先生の視線をなぜか感じたような気がしたので、二人は極力走らないように努めて目的地――教室まで歩いた。

 まるで競歩のような光景が廊下で繰り広げられていたとだけ言っておこう。これはセーフなのだろうか……?

 亜希が教室の扉を勢いよく開けた。


「ルーヴァ!! 始業式終わったら勝負って言っといたでしょ!!」

「だから、ルーヴァ様は亜希と勝負するほど暇じゃないんだから!!」


 今にも誰かに飛び掛かりそうな亜希にスアラは食いつくように言った。だが、教室の面々を見回して目的の人物がいないことに二人は気付く。


「あれ、ルーヴァは?」


 すると教室の扉の近くにいたクラスメイトが二人に答えた。


「ルーヴァならさっき本を持って出ていったよ」

「本……さては図書室ね!」

「あ、だからやめなさいって!!」


 亜希は真っ先に図書室目指して駆け出……いや歩き出し、スアラも慌ててその後を追っていく。

 まるで嵐がやってきてまたすぐに去っていったかのような感じである。

 教室にいたクラスメイト達は、呆気に取られている人といつものことだと慣れている人とで分かれていた。

 新学期になってクラス替えがあり、亜希たちと初めて同じクラスになった人は前者で、以前から二人……いや三人をよく知る人は後者であった。


 不意に亜希たちが出ていった教室の後ろの扉が開き、杏色の緩やかなくせ毛に白茶色の瞳の少年が入ってくる。ちなみに亜希たちは前の方の扉から出ていった。

 その少年の顔を見たクラスメイトの一人が意外そうに声をかけた。


「あれ、さっき深山さんとシルベルさんが探してたよ?」

「そう」


 特に気にする様子もなく、少年は短く答えて自身の窓際の席に向かう。


「ルーヴァも新学期早々大変だね」


 手に持っていた本を机の上に乗せて席に着くと、斜め前に座ったクラスメイト――三人と同じクラスになったことがある――が苦笑いを浮かべて言った。


「慣れてるから」


 こちらにもやはり端的に返事をして、少年は本を開き読み始めた。どうやら彼は二人の探してた目的の人物らしい。なんかタイミングが良すぎるが偶然か必然か……?

 その数分後、担任の麦田が教室にやってきて連絡事項や保護者向けのプリント等を配布してその日は下校となった。新学期の初日なので授業が開始するのはまた後日である。

 ちなみに亜希とスアラはすぐに下校できなかった。

 なぜなら図書室でルーヴァが見つからず、二人で校内を探し回っているうちに下校時刻になって慌てて戻ったら先生に見つかり、罰として教室の掃除をやらされる羽目となったからである。



 時刻は昼前。やっと教室の掃除が終わって開放された亜希とスアラは、ほとんどの生徒が下校し閑散とした廊下を歩いていた。濃紺色のリュックサックの両肩紐を手で握りながら亜希はげんなりと呟く。


「はあ……酷い目に遭った」

「それはこっちの台詞よ! 亜希のせいでとんだとばっちりよ……」


 その横で肩から青い学生鞄を下げたスアラが肩を落としてぼやいた。


「別に私についてこなきゃいいじゃん」

「それならルーヴァ様を追いかけるのやめてよね!」

「追いかけてるんじゃなくて勝負を挑みに行ってるのよ」

「そのために追いかけてるなら同じことでしょ!」


 至極真面目な顔で言う亜希にスアラは怒ったように返した。と、そこで二人のお腹が同時に鳴る。


「あー……そろそろお昼だった。よし、御飯食べながらルーヴァ探そっかな」


 食べてからではなく食べながら、らしい。


「ちょっと! 食事中のルーヴァ様を邪魔するのはクレイシェ家の(見習い)使用人として許さないわ!!」


 亜希の前に素早く回り込み、スアラは仁王立ちして言い放った。


「スアラってルーヴァの家の正式な使用人じゃないでしょ? 『様』付けで呼んだりとか、そこまで気を遣わなくてもいいと思うんだけど」

「ぐっ……でもうちは代々仕えているから私もそのうち……って」


 途中でスアラは目の前にいるはずの亜希がいないことに気づく。


「まあがんばってー」


 いつの間にか亜希は走り出していたらしく、廊下の先の方にその後ろ姿を認めた。


「だから待ちなさい!!」


 慌ててスアラも亜希を追いかけ始める。


「待てと言われて待つわけないじゃん!」


 うまく抜け駆けした亜希は廊下を走り抜け、その先にある階段に向かって突き当りを勢いよく曲が――


「うわっ!?」

「!?」


 出会い頭に亜希は誰かとぶつかった。その衝撃で亜希はやや後ろに尻餅をつく。


「いたた……」

「廊下を走るからよ!」


 その間にスアラが呆れた顔をしながら追いついてきた。自分も走ってきたことは棚に上げるつもりらしい。


「そっちの人、大丈夫?」


 スアラは亜希の心配はせずにもう一人の方に顔を向ける。そこには、藤色の髪の少女が階段の踊り場の上で目を回していた。

 亜希は角でぶつかったはずだが、その少女は階段の近くの方で伸びていることから、彼女がどれだけの勢いでぶつかったか物語っている。


「…………」


 呼びかけてもサイドポニーテールの少女が気がつく気配はない。今度は二人でその少女の傍まで移動し声をかける。


「おーい?」

「ねえ大丈夫?」

「…………」


 やはり返事はない。体をゆすってみてもである。亜希とスアラは次第に焦燥感に駆られてくる。


「ちょ、ちょっと……?」

「まずい感じじゃないの……?」

「ややめてよ。ただぶつかっただけなのに!」

「ぶつかった時に頭を打ったのかもしれないわ」


 少女の頭にできたたんこぶを見ながらスアラが言う。


「ほ、保健室運ぼうか」

「それがいいわね」


 狼狽えながらも提案した亜希にスアラは頷いた。




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<補足事項>

 この作品は、未発表の一次創作(異世界物。キャラ・設定のみ)の主要キャラを現代日本に置き換えて登場させています。

 なので髪の色がかなりカラフルで、名前も片仮名のキャラが多いです(本来亜希も片仮名表記。担任だけは連想したもの)。まあ全員黒髪にしてもよかったんですが、それだと片仮名の名前は使えないですし、せっかく現代ファンタジーなので。(苦笑


 別作品の「三界の書」のキャラが後々本作に出てくるのも、上記創作物と設定上の繋がりがあるためです。

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