2・提訴活動-5[嵐の前の]

書類をすべてそろえ念の為書類の全てに訂正用の捨印を押し、郵便局で指定の手数料と送料の切手を買い、発送する。

結構な重さになったので、レターパックで送ることを局員さんに進められた。


発送が終わると、なんとも言えない達成感だった。

また心の重みが一つ減った気がした。


生活はなるべく崩さないように毎日の運動と睡眠、食事は取るようにしていた。

精神的にまだ辛いが、だからといって生活リズムを崩し体を壊したら、それこそ相手は気味が良いだろう。あの件の当初は仕事が手をつかなくなり、寝付けなかった。食欲も落ちた。

しかし訴状を出してからあっさり寝られるようになって、少しずつだが以前の生活が戻ってきた。


ふと藤沼氏はどうしているかと気になってTwitterを見に行った。 相変わらず鍵はかけられておらず、ログアウトすると容易に入れた。


しばらく見ていなかったのでいくつか見逃して消されたコメントもあるようだったが、随時似たような香ばしいコメントを発信しているので、別に困らなかった。

その中で気になるコメントがあった。


『みんなには何のことかわからないと思いますが、金銭的にも精神的にも割が合わないことが続くので同人活動を休止しようかと思います。儲からない上に精神的に辛いのに続けるなんてマゾだ。意味がない。』


『もともと人付き合いも苦手だから、コミケの参加も面倒だったし。

 辞める理由もなくて続けてきたけど、辞める理由ができたから。』


『今回の失敗から学んだのは、俺の決めたライン以下のスキルの人に頼んではいけない。それだけだ。』


『同人活動しなくても、ウェブ連載で創作活動をすれば絵はいらないし、発注をしなければ今回みたいなトラブルも避けられる。』



藤沼氏は自身をセミプロと自称している。なのでウェブ連載という投稿活動を仕事と言っているようだった。だが会社から依頼されたりして商業流通で書いているわけではない。


自主発信の創作なら同人活動だ。二次創作や本を自費出版するだけが同人活動じゃない。一次創作も電子発信も同人活動である。

今時は同人誌=二次創作エロなんて誤解している人も多いが、オリジナルや研究分野もかなり興味深いものが多い。

同じ志をもって何かしらのジャンルを扱い活動の場にいるのが同人活動であり、小説なり漫画なりの好きなジャンルで自主的に活動する人たちは同人なのである。

もともと同人という言葉は、昔はネットがなくて作品を披露する場がなかったことで、純文学分野の方々が集まり出版社を通さず自費で本を発行し売っていたことに起因する。

なので何かを自主的に発表するのは同人なのだと思っている。


しかし同人作家という言葉もあるくらいだ。自立できるくらいの収入があるのなら自主出版の立派な著述家業で仕事である。税金だって納めているだろう。そういう「編集者いらず」「出版社いらず」の人は結構居る。

だが藤沼氏にそこまで稼ぎが出ている様子はない。


なんにせよ小金儲け目的の二次創作なら辞めてくれて本当によかった。

やるなら一次創作オリジナルで頑張ればいい。


二次創作は法律的に見れば違法行為だ。著作権の翻案権または同一性保持権の侵害である。

著作者から許可をもらうか、私的に公開せずに楽しむだけならば問題はない。だが公開や販売となると話が変わってくる。

ではなぜ捕まらず同人誌を売ったりしている人がいるのか。

著作権侵害は著作者が訴えなければ成立しない親告罪だ。著作者が申告して初めて罪だと認定される。二次創作は著作者の善意で、オマージュされたパロディの範囲として黙認されているからである。


原作が素晴らしすぎて、自分の中の作品の世界観を描きたいという思いがある。多くの人に見てもらうための手段として二次創作が作成される。

他人が考えたキャラクターを使うことで、設定を考える手間を楽しているからとか、原作の人気にあやかっているだけと、二次創作で金銭を得ることに異論を唱える人もいる。

だが同人誌を作るためにはコストが掛かる。創作元の著作者サイドも事情を認めて多くの場合は黙認していただいている。

逆に利益が出てしまう可能性の側面があったり、自身の作った世界やキャラクターを好き勝手にされるのを嫌う人もいるわけで、そういう場合は禁止や制限をしている著作者もいる。

創造神に従うのは、絶対ルールの一つ。原作あってこその二次創作である。

とどのつまり作った人の気持ちを害さず、悪用されないための法律が著作権である。ただ不快の基準は人それぞれなので、著作者の申告で成り立つのはそのためであろう。

あくまで創造神の庭でおままごとや砂遊びをしているのを見逃してもらっているだけに過ぎない。

著作権法というものは、何かを考え表現した人を守る法律なんだと思う。親告罪なのは価値観や立場はそれぞれだから、著作物を作った人が二次利用のルールを決めていいということなのだろう。


同人で金銭や承認欲求を満たすのは自由だが、熱意がないならば他人のふんどしを使うのはやめてほしい。 いくら著作元が見逃してくれていれも、自分が好きな作品を搾取対象と見ていたのは気分が悪い。

いや搾取対象に見られていたのは僕の描いた絵か。


藤沼氏は僕がお金をもらえないから抵抗していると思っているようだが、それだけではない。 お金は有るに越したことはないが、それ以上に創作に対する意識が違うのだ。

 彼が多くの人に自身の作品を見てもらえなかった事に対して怒っていたのなら、減額要求でも無償でも僕は受け入てしまったかもしれない。だが儲からなかったから払いたくないと言われた。個人の金銭的欲望の為に人を使っておいて、何も対価を払わないことが気に入らない。 搾取されることに従えないのだ。

裁判で裁判官に叱られればいいと思っている。


というか僕の絵が下手だと思って頼んでいたのだったら、はじめから依頼してほしくなかった…。


訴状を裁判所に提出したが、 藤沼氏がこちらの動向を掴むのは不可能だろう。もう諦めたと思っているだろうか?


藤沼氏は僕をブロックしたアカウントで、今回のことの文句を時折垂れ流しているが、僕はといえば以前と同じように絵を上げたり、仕事の告知、同人の告知などをしたり、特撮の感想を呟いたり、おっぱいをリツイートして普段と同じようにつぶやいていた。

そんなところに裁判の告知が来たらどんな反応をするものなのだろう?正直ちょっとワクワクしていた。


しかしなんで未だに鍵垢にしないのか不思議だ。

もしかしたら藤沼氏はナレートフィリアの気があるのかもしれない。誰かに起こったことや考えたことを聞いてほしい欲が強いのだ。だったらなるべく多くの人に自分の意見を聞いてほしいはずだ。一方的に意見を述べて不特定多数に見られるTwitterは、うってつけだ。だから鍵をかけることには躊躇するのだろうか。作家には向くだろうが悪いことをする人には向かない性癖だ。


訴状を出し裁判をすることを友人たちに報告した。

Twitterなどの公のSNSでは言えないが、個人的な閉じた場所なら話せる。友人たちはそういったことを口外するような人達ではない。みんな応援してくれた。


すると内一人から


「もし裁判前に示談を提示されたら、延滞料と慰謝料含めておきなよ!

 裁判から切り離されたところは個人交渉だからね」


とアドバイスを貰った。

なるほど。裁判では法的に定められた額しか請求できないが、個人交渉は別ということか。


体験談でも裁判前に示談を求められて、半額交渉されたりとか、元金だけで訴訟手数料は自腹で終わったなんてケースも聞く。


弁護士がバックに居る知恵を持った会社側が有利な条件で勧めて、原告は訴えることに慣れておらず疲れているので不利な条件でも従ってしまう。そして後々考えるとちょっと悔しい思いをした。なんてことはよく書かれていた。


被告は敗訴になれば原告の好きにされるわ、訴訟費用が加算された元金より多い金額を請求されることになるわでマイナスが多い。なので住所の割れている取り立て先のはっきりしている会社はなるべく低く抑えるように示談で済ませることが多いようだ。


今更裁判前に元金を振りこまれたらちょっと悔しいなと思った。

もし相手が賢く狙ってこれをやってきたら、相当嫌がらせの上手い人物だ。だって僕は手数料の他に送料も合法的に請求するつもりでいる。それがご破産になる。原告の書類を作る苦労+手数料はただただ無駄にできるのだ。元金は売上結果を知らねば2ヶ月前に払ったはずのお金だ。訴えてきた相手を関わることなく損した気分にできる。


裁判の体験談を見る限りは、裁判になっても決着がつかない時には裁判官に和解を勧められ、元金支払うから許せよーと被告が折れて、裁判官の手前原告も折れて…というパターンをよく見た。個人の場合その場だけ収めて、逃げるパターンもあったが。   


さて藤沼氏はどうするだろう?

実家で親と一緒に住んでいるなら、親が示談を薦めてくるかもしれない。

こちらは仕事にも支障がでたのだ。 強気でいこう。ただ、反省の色が見えたなら少しは話を聞こう。頑なすぎも良くない。親に説得されて、目が覚めるかもしれない。


裁判所から連絡があり、裁判の期日を決めた。曜日が決まっており一ヶ月後の平日の昼からだったが、フリーランスはこういう時に自由がきく。


これから裁判所から藤沼氏へ訴状や反論用の答弁書が送られる。

この裁判所から被告に送られる訴状の郵便は「特別送達」というもので送られる。

通常、書留等は送られた郵便局までしか解らないが、この特別送達は受け取った人の住所氏名が記載される。


もし内容証明と同様に実家で受け取られた場合、実家の住所が裁判所に知らされる。そしてその住所は裁判の記録として、自由に閲覧することができるので、住所は割れたも同然である。

この受取は家族などでも可能だ。実家なら本人以外が何も知らず受け取る確率は高い。

また日中留守で誰も人がいない場合は、併記した仕事先の会社に送られることになる。その場合は裁判沙汰のことを起しているということが会社にバレる。社会的に立場が悪くなるだろう。


受け取りを拒否した場合は、拒否をしたという記録が残るが受け取ったものと処理され、ただただ不利に進むだけ。

最悪引っ越してしまって、居ないという場合も公示送達で住所を戸籍からたどることができる。

要するにどうやっても逃げられない。


そして数日後、藤沼氏からメールが届いた。

ん?裁判を待たずに示談の誘いか?


だがそこには、とんでもないことが書かれていた。

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