第7話ラスボス、挑まれる
我が部での練習は、順番に玉拾いを交代している。現在、俺とみちるは玉拾いの時間を終えて、テーマを決めた練習をしていた。みちる曰く、雰囲気を掴みたいとのことなので、俺のしたい練習に付き合ってくれることになった。
「どんどん打つですよ!卓丸先輩!」
「あぁ!こい!フッ!」
息を短く吐いて打ち込む。俺がオーダーした練習は、弱い玉から強く弾かれた玉まで、いろんなコースに打ってほしいというものだ。玉に変な回転をかけないことを除けば、ほぼ何でもアリって感じだ。みちるには大量のピンポン玉が入ったカゴから、次々に強弱をつけた玉を打ってもらっている。先ほどの玉拾いしていた玉は、このカゴに入れられる。試合ではないので、サーブのように2回、台にバウンドさせるのではなく、直接俺のいる台の方に打ってもらう。そんな玉に対応して打ち続ける練習ってわけだ。
「しっかし、みちる。玉出しするの上手だな」
ちなみに玉出しとは、今みちるがやっていることだ。
「確かにやるのは初めてになるです。でも、そんなに難しくないし、結構楽しいです」
いや、そんなことはない。玉出しはセンスが必要で、下手な人がやると打つ側の練習にならない。
「みちるっち、本当に上手じゃん。今度、ウチにも玉出ししてもらいたいじゃん」
玉拾い中の羽月が近付いてきて、そんな感想をもらす。
「そんなに褒められると照れちゃうですよ~♪この練習、卓丸先輩を手のひらの上で転がしているみたいで楽しいです」
「そんな楽しみ方、やめてしまえ、フッ!」
言いながらも、本当にいい練習になる。さっきまで強弱とコースで揺さぶってきていたみちるだが、そこにタイミングの変化もつけることで、より難易度の高い練習を俺に強いてくる。
「ほらほら、です~。卓丸先輩、ギブアップするですか~?」
「誰がギブするか!フッ!」
ここで予めセットしていたタイマーが鳴り響き、みちるのしごきから解放される。本来なら、ペアで玉出しと打つ方を交代して練習するところを、今日はほぼ俺だけが打つハメになった。額を、首筋を、背中を大粒の汗が流れ落ちる。スポーツタオルとドリンクを鷲掴んで小休憩を済ませる。
「卓丸先輩、残りの時間はどうするです?」
「おう、残りの時間は練習試合だな。部内でリーグ戦やトーナメントをやってる。形式は様々だけど、やることは試合だな」
「あたしは試合していいです?」
「うーん。今日は審判してろ。点数係のことな。先輩の試合中の動きとか勉強になるから」
「分かったです」
基礎練習を一緒になって参加しただけでも、初日としては動きすぎなくらいだ。今日はもう、ゆっくり先輩方を見ていれば十分だろう。それに上下長袖、ジャージ姿のみちるでは、半袖短パンのトレーニングウェア着用の部員と比べると動き辛かろう。それに暑そう。
「決まりだな。すいません、宇田部長。みちるのことなんですが、適当なところで審判をさせていてもいいですか?」
「分かった。じゃあ、奈鬼羅さんは審判をお願いね。どのコートの試合でもいいよ」
「了解したです、部長。では、卓丸先輩の試合を見ます」
「いや、俺かい。迷いがないな。公平に審判してくれよ」
「あたしを何だと思っているです?」
対戦相手は誰にしようかと、辺りを見渡す。すると、こちらと目が合った人がいた。凛さんだ。今日も部に一番乗りして準備をしていた凛さんは、我が部の女子ではエースである。凛さんとの試合なら、相手にとって不足はなしだ。卓球は男女関係なく試合できるので、いいスポーツだよね。凛さんがこちらに歩いてくる。
「…試合をする時間になりましたが、奈鬼羅さんはどうするのですか?」
「みちるは審判にして、試合を見てもらいますよ」
「…そうなのですか?」
「はい、良ければ凛さん、俺と試合しませんか?」
凛さんは、みちるを一瞥してから、穏やかな表情のまま返答する。
「…滝川君との試合は魅力的ですが、また今度にしましょう。…自分が対戦したいのは、奈鬼羅さんです。…せっかく入学初日から来たのですから、1試合くらいやりたいのではありませんか?」
抑揚のない声とは裏腹に確かな闘志を感じる。
「あたしと試合するです?」
「…ええ。…是非、よろしくお願いします」
「分かったです。初日から試合できるなんて、嬉しいです。凛先輩、こちらこそ、よろしくお願いしますです」
あっさりと、みちるは承諾した。
「みちる、いいのか?お前、さっきまで玉出しばかりしていたから、体が十分に温まっていないだろ」
「そこは大した問題じゃないです。なんだか燃えてきたですし、良かったら卓丸先輩に審判やってもらいたいです。あたしの試合、見てもらいたいです!」
目を爛々と輝かせながら、前のめりに言う。
「ったく、分かったよ。俺が審判をする」
「…決まりですね。…滝川君は奈鬼羅さんをひいきしないでくださいね」
「俺を何だと思っているんですか!」
「…フフ、冗談ですよ」
「あの、凛先輩はどうして、あたしと試合をするです?」
「みちる、何言ってるんだ?さっき凛さんが言ってたろ。みちるが試合をしたいだろうからって」
すると、俺の発言を遮るように、凛さんがみちるの目の前までくる。
「…建前はいらないということですか。…そうですね。…本音は貴方には勝っておかなければならない、みたいな使命感とでもいいましょうか。…いや、違いますね。…自分は、貴方にだけは負けたくないんです。…奈鬼羅みちるさん。…自分と試合をしましょう」
持っていたラケットをみちるに向けて、宣戦布告していた。正直、こんな凛さんを見るのは初めてだった。
対してみちるは嬉しそうだ。表面上は分からないけど、幼馴染としての勘で分かる。アイツ、喜んでやがる。
「風香先輩のことがあるですね?散々に言われて、黙ってはいられないって訳です?」
「…そうなりますね。…風香の悪癖をハッキリと伝えてくれたのは、感謝しています。風香のためになりましたし、下級生に言われた方が効きますからね。…ただ、自分の感情は別なんです。…あれだけ風香を、親友をズタボロに言われて、悔しいに決まっているじゃないですか」
みちるは、ほくそ笑んでいた。つまり、さっきより顔に出ている。3年生に敵意を向けられながら、この状況を楽しんでいるのか?
凛さんは、普段の温厚さが影を潜め、ピリついた空気を醸し出していた。周囲の人間は、もはや何も言えない。
「では、早く試合をしましょうです」
「…もとより、そのつもりですよ」
みちるが先導して、空いているコートを陣取る。続いて凛さんが、試合用に真新しいピンポン玉を1つ取って、コートの反対側に立つ。って、やべえ。俺が審判だっけか。スコアボードを回収して2人の待つコートに赴く。
「お待たせしました」
なんだか、そう言わなければならない気がした。
「…別にいいですよ。…それより奈鬼羅さん、手加減しませんからね」
みちるはその場でピョンピョン跳ねながら、瞬き1つしないでいる。
「手加減しないって、風香先輩みたいにです?」
凛さんの眉がピクッと動く。あんのバカ、何で挑発しているんだ。それ以上は2人とも何も言わずに、サーブ権を決めるジャンケンを終えて、試合が始まろうとしていた。そんな中、サーブ権を得たみちるが俺の方を向いて、こう言った。
「見ててね、タッ君♪」
いやいや、余裕かよ。
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