第6話 ラスボス、基礎練習をする
ポンポンと肩を叩かれる。その人は3年生男子のうちの1人、部長の宇田 公太さんだ。身長は俺よりも低いが、リーダーシップのある頼れる部長だ。
「滝川君には、今日は奈鬼羅さんの相手をしてもらうよ。2人が知り合いだと、さっき本人から聞いたよ。ここに連れてきたのも君なのだろう。この部のことをいろいろ教えてやってくれ。僕も新入生用のメニューをまだ組んでいなくてね。いや、こんなに早く来るとは。じゃあ、頼んだよ」
「了解しました。宇田部長」
まあ、俺が勝手に連れてきたようなものだし、異論はない。
「よろしくお願いしますです。卓丸先輩♪」
すぐそばにいたみちるか、俺のもとにテコテコ歩いてきた。
「改めて先輩呼びされると調子狂うな。とりあえず、こっち来てくれ。ウォーミングアップのランニングだけはここじゃなくて体育館でやるから。みちるなら遅れをとらないだろ」
「買いかぶりすぎですよ。でも、卓丸先輩にへばりつきながら走るのなら、いける気がするです」
「お前はコバンザメか。もし遅れたら付き添おうと思っていたけど、その調子なら心配なさそうだな」
「マジか!です!エヘヘ~♪タッ君優しい~♪好き~♪」
「口調戻ってるって。というか好きとか言うな!誤解されるだろ。ああ、もう、高校生にもなってじゃれるんじゃない」
みちるがピョンピョン跳ねながら、俺の背中にアタックしてくる。アタックといっても、おしくらまんじゅうするみたいに身体を擦りつけてくる感じだ。まったく、甘えたがりめ。
「…いっそのこと、わざと遅れようかな」
「聞こえているぞ、バカみちる」
そう言ってから、先に体育館に向かった部員を追いかける。
「あっ、待ってよタッく…卓丸先輩~」
「んーと、ウチらはこれから毎日、このイチャイチャを見せつけられるハメになるじゃん?」
ジト目で羽月が俺とみちるを見ていたが、どうかしたのだろうか。まあ、羽月の考えることだし、大したことではないだろう。
部活動を行う時間はびっちり2時間+後片付けとなる。早く卓球をしたい気持ちは皆同じなので、ランニングの後の準備運動と素振りは可能な限りテキパキと行う。そして、打ち始める。フォア、バック、フットワーク、打ち込みや乱打など、基本的な動きを中心に30分ほど汗を流す。カ、コ、カ、コと規則正しく打ち合う音が心地良い。基礎練習が終わると各々のウィークポイントの練習に入っていく。サーブ、打ち合い、新しい技術と皆、練習に熱中する。この時間を迎えて、俺はみちると台を離れる。
「みちる、こっちへ来てくれ」
「はーふー。どうしたです?」
「フフ、みちるは知らないだろうけど、我が部ではこの時間に使うモノがあるんだ。何だと思う?」
「うーん、ヒント欲しいです」
「長くて、硬くて、サイズが変えられるモノだ」
「長い、硬いですか。難しいですね」
「じゃあ、もう少しヒント。これはナカに入れるためにあるモノで、出すときは超気持ちいいんだ。クセになるぞ」
「…え、卓丸先輩。なんか危ない匂いがするです。あたしは、答えが何か、分からないまままでいいかも…です…」
みちるは何故か、頬を紅潮させている。分からないままでいいとは何事か。もう1つヒントを与えねば。
「これはだな、一般的には竿と」「も、もう分かったのでオッケーです」
しゃべっている途中でみちるに遮られてしまった。
「なんだ、分かっていたのか?じゃあ、今、ここに出すから、ちょっと待っててくれ」
「出すですか?!まだ、心の準備が…、じゃなくて、部活中にそんなモノを出したらダメです~!」
涙目で訳の分からないことを言うみちるは置いといて、正解のモノを用具入れから取り出した。
「答えはコレ。ランディングネット。手持ちで使える釣り用の網だ。この網はフチのところが角になっているから、室内の隅っこに集まったピンポン玉を一挙に掬いとれるんだ。ほら、便利だろう?」
その辺に転がっていたピンポン玉をヒョイヒョイと掬ってみせた。この掬い網があれば、玉拾いもお茶の子さいさいだ。
「卓丸先輩…、長くて、硬いというのは…?」
「ん?持ち手である柄の部分のことだよ。長いのは見てのとおり、素材も硬いだろ。伸縮自在だし」
「中に入れるとか、出すと気持ちいいとかは…?」
「ピンポン玉を網の中に入れるだろ。で、カゴに戻すときに、網に入ったピンポン玉を一気に出すわけだ。カラカラ~って音が鳴って気持ちいいぞ」
「…竿は?」
「釣り用の網なんだから、本来は釣り竿と一緒に使うに決まっているだろう。って、大丈夫か?そんなところに座りこんで」
見ると、その場にペタンと女の子座りしてしまっている。
「卓丸先輩なんて嫌いです…」
両手で顔を覆って、そんな言葉をひねり出していた。便利アイテムを紹介するクイズをしただけなのに、みちるからの好感度は最下層に落ちていた。何故だ。何故なんだ。そこに羽月が通りかかる。
「ウチには今のやり取りが聞こえていたじゃん。言っておくけど、マルマルが悪いじゃん確信犯じゃん」
「いや、確信犯って。俺が悪者みたいな言い方だな」
「えぇ…。本当に分かってないじゃん?」
「ハツキ先輩~。助けてです~」
みちるが力なく羽月にすがりつく。…アイツ、思いっきり羽月の胸に顔を埋めている。そこには、癒されて蕩けたみちるの表情があり、悲壮感はとうに消えていた。
「やれやれじゃん。何でもいいから、早く玉拾いをしてほしいじゃん。よしよーし、みちるっち、もう怖くないじゃん」
甘やかされてんなー。
「フンフン。元気回復です!ハツキ先輩、見苦しいところをお見せしてしまったです。でも、もう大丈夫、すぐに玉拾いするです!」
そうだった。みちるの分の網を渡して、早く玉拾いをしなければいけない。
「じゃあ、この玉袋、じゃなくて、玉入れ網を持ってくれ」
「「絶対わざとやってるです!(じゃん!)」」
2人からツッコミと強めのスマッシュを食らってしまった。ぐはっ。
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