第2話 ラスボス、入部する

 これでもか、というほどの春だった。


 満開の桜は襲いかかってきそうな迫力と力強さを有して、校内の敷地に点在する。1本1本の自己主張が激しいものだ。しかし、桜はいくら群生しても、うるさい印象を受けない。他を圧倒する美しさで万物の頂点に君臨している。少なくとも俺の目にはそのように映る。 近付いてみると1輪1輪が懸命に背伸びしているようで愛らしい。…桜の色って淡いピンクのイメージだけど、よく見ると純白だな。そういう品種なのか。もしくは周りの暖かな陽光に照らされて、ほんのり色づいて見えるのだろうか。 そんな木々を讃えているかのように、強風が春の空間に漂っている。そんな風景に、ひと摘まみ程の恐怖を毎年感じていた。今年は特に落ち着かない。中二病と言われればそれまでだけれども。別に根拠がある訳でもない感傷だ。なんとなく考えてしまうのは、美しいものは強さを兼ね備えており、その強さがいつ我々に牙を向くかもわからない、みたいな。横から袖をクイッと引っ張られる。


「ちょいちょい、タッ君。ボーっとしてないで」


「あぁ、わかったよ」


 みちるは無事に俺の通う千幽谷学園に入学

を果たし、式もつつがなく終えた。今は放課後になったので、みちると目的の場所へ入学初日から向かうところである。

 俺たちの青春の舞台は外ではない。室内で体育館程度の広さも必要ない、至近距離で行われる競技をしているからだ。つまりは卓球部。向かうは体育館の手前にある広めの一室。空き教室というには広すぎるこの空間は卓球部の活動場所である。入り口のプレートにはトレーニングルームと表記されている。


 俺が通っているこの千幽谷学園は16年前に創立された新参者の学園だ。これまでの学び舎のイメージを払拭したかったらしく普通の学校にはないような部屋がいくつかある。立派な望遠鏡が設置された天文室。日中しかいることのない高校で使う者など、そうはいない。特例で夜間に入れる訳でもないので、本当に無駄な部屋と化している。土偶や銅鐸なんて大層なものが置かれた考古学室。それらがスゴいモノなのは分かるけど、一度見てしまうと、もう行く必要が感じられず実質物置みたいな部屋である。

 このトレーニングルームも同じようなものだ。元々はトレーニング器具がいくつもある部屋だったらしい。しかし、運動が好きな生徒は放課後は部活動に打ち込むので、ほとんど使われなかったとか。たまに帰宅部が遊びに来る程度という有り様だったらしい。ある年に卓球部が創設されて、活動場所を探していたところで、このトレーニングルームに白羽の矢が立ったという訳だ。卓球台を6台、余裕を持って置ける運動することを目的につくられた部屋を労せずに当時の卓球部は手に入れた。その恩恵を今の世代がもらっているので、そこは感謝して活動させてもらうとしよう。


「着いたぞ、みちる。ここが俺たちの部室。この空間で卓球をするんだ」


 扉を開いて先導する。


「お~。思っていたよりいいね、タッ君。卓球部なんて基本、体育館の端に追いやられて活動してるイメージだからね。あたしは大変満足しているぜい♪」


「何でおまえは上から目線なんだ。でも、その感想は分かる。環境としても申し分ないよな」


 部屋の壁際に畳まれた卓球台が寄せられている。卓球台はいつも自分たちで設置してから練習を初めている。設置にとりかかっている人が見当たらないので、やはり俺たちが1番乗りなのだろう。

 と思ったら部屋の奥のドアが静かに開かれた。大量のピンポン玉が入ったカゴに足がついていて小さなコロコロタイヤで移動できるようになっている。カゴには卓球用のネットと留め具が入っていて今から準備するところだったのが窺える。カシャカシャとカゴの中のピンポン玉を鳴らしながら現れた女性と目が合う。


「お疲れ様です、凛さん。今日も早いですね。今、手伝います」


「うん。…お疲れ様、滝川君。…その子は?」


 みちるに視線を移した凛さんが静かに言う。


「お、お疲れ様です!奈鬼羅みちると申しますです!」


 口調はともかくみちるは俺にはしないような丁寧なお辞儀をする。


「そういう訳で新入部員を連れてきました」


「うん。…よろしくね、奈鬼羅さん。…自分は林凛っていいます」


 微笑しながら凛さんは自己紹介した。凛さんは、あまり感情を表に出すタイプではない。長く艶やかな髪を後ろで結んでいる。切れ長の怪しい瞳も相まって、ザ、クールな先輩といった感じだ。背は女子にしては高く、スレンダーな体型をしている。自己紹介を終えた凛さんはすぐに準備に戻っている。普段からなるべく多くの時間、卓球を打ちたいらしく、こうして準備から率先して行う人だ。ちなみに凛さんが3年生、俺が2年生、みちるが1年生である。


「みちる、俺たちも手伝うぞ」


「了解ですよ、卓丸先輩!」


 ん、呼び方を変えている。さすがに人前でタッ君なんて呼ばれる訳にはいかないからな。みちるはそういうところは聞き分けてくれる。


「では…、二人には卓球台を開いてもらいたいです」


 卓球台は二人じゃないと設置できない。上を向いた貝殻のように閉じた卓球台を両サイドから引いてあげると、見慣れた状態になる。地味に重いから注意が必要だ。最後にネットを付けると、プレー可能となる。俺とみちるは「せーの」と掛け声を出しながら卓球台を開いていった。後を追って凛さんがネットをつけて回る。最も入り口にある卓球台を開いたところで、その入り口から部員が入ってきた。

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