悪友と異世界へ 〜ヒロインルートを退けて友情エンドルートに突入しました〜

宮原陽暉

第1話 異世界に突入します


 この物語の主人公の名前を、神城かみしろ 勇人ゆうとという。


 中肉中背で黒髪黒眼。髪は長くもなく短くもなく、やや険の強い顔立ちをしているが、やぼったい黒メガネをかけているため、そこまで人に拒否感をもたれることもない。料理とお菓子づくりが得意で、巻き込まれ体質ために少々の護身術をかじっている。

 また、物事に流されることが多く、自分の意思というものが薄弱──というか、あきらかに優柔不断なところがあり、自らの意志でこれ、と決めたことなど生まれてこのかた一度もない、という普通とは、いまいち言いきれないが、まあ探せばどこにでもいる高校二年生だった。


 そんな勇人には目下、悩みがある。それは厄介な幼馴染がいることだ。


 しかも、男の幼馴染である。


 これが女の子の幼馴染であれば、甘酸っぱい響きとともに、受け入れることもできるだろう。むしろ今からでも欲しいぐらいだ。


 だが、幼馴染は男。


 しかも、とんでもない精神的外傷製造人間トラウマメーカーだったりするのだ。


 彼といて厄介ごとに巻き込まれなかったことなど、一度としてない。

 どれだけ迷惑をかけられ、命を危険にさらしてきたことか。


 あるときは、深夜の暴走行為が癇に障ったとか言い、関東最大の暴走族に特攻をしかけたり、ガンをつけられたという理由で、ヤクザもんの腕を折り、それが原因で、ヤクザの事務所に乗り込む騒ぎになったり。さらには学校の行事が気にいらないとケチをつけ、中学三年生時の修学旅行で、京都・清水寺バンジー事件をおこしたり。他にも先生が気にいらないとの理由で、職員室にて、後に『魔の七日間占拠事件』と呼ばれることになる立てこもりをしたり。さらには、体育祭大爆発事件。PTA襲撃事件。文化祭まさかの消失事件。卒業式悪夢の全校生徒お礼参り事件、と名前を聞くだけでも、うなされそうなことばかりやっていた。


 その日々を思い出すと、なぜこんな奴と友好関係を保っていられるのか、自分でも不思議であるが、そんな彼に流されるように生きてきた。訂正、巻き込まれるようにが正しい。だから、高校は別のところに行こうと思っていたのに、彼の両親に、どうか高校でも息子のことをお願いします、と頭をさげられ、勇ちゃんがあの子の良心なのお願い、とまで言われ、結局同じ高校に進学してしまった。自分の意志薄弱さが恨めしい。これもすべて悪友の日頃の行いのせいだ。


 しかもこの真正馬鹿が、筋骨隆々の大男で、本物の阿呆だったら、キャラ的にも似合うのだろうが、なにを間違って生まれてきたのか、彼は容姿端麗で頭脳明晰、高身長でスポーツも万能である。しかも金持ちのお坊ちゃん。


 こんな完全無欠の完璧人間、才気あふれる天才にもかかわらず、なぜ神はこんな当たり前なものを彼にあたえてくれなかったのだろう。

 良識とか常識とか道徳というものを!


 ──ああ、神よ! あなたは激しく間違っている!


 そんな、我が悪友──九煉くれん きずなが、とうとうイッちゃった発言したのは新学期が始まった春の朝だった。


「やあ、親友! 実は、おまえは異世界を救うために選ばれた『勇者』だったんだ。ともに異世界への扉をくぐろうではないか!」


 制服姿の彼は白い歯を陽光に、きらりと反射させるようなイイ笑顔しながらの発言した。

 それを聞いて、勇人は、思わず空を見あげた。どこからともなく風に舞いあげられた桜の花びらが視界をかすめる。


「そうか、もう春だしな」


 感慨深げに呟き、勇人は九煉の肩に手をおいた。


「やあ、悪友。いつかこんな日がくるんじゃないかと思っていたけど、予想より二年ほど早かったみたいだ。そんなおまえに送る言葉をボクはひとつしか持っていない。つまり──病院へ行け」


 それに九煉は高らかに笑うと、長い前髪をかきあげた。


「ナイスジョークだ」


 拳から親指をたてる。


「いや、ジョークじゃないから!」


「はっはっはっは。では行こうか」


 こちらの言葉をきっちりと無視して、手首をつかまれて引かれる。


「はっはっはっは──じゃねよっ! どこに連れてこうとしてんだよ!」


「異世界にだ」


「だから、そのまえに病院に行けってんだよっ!」


「はっはっはっは!」


 この細身のどこにそんな力があるのか、全力で抗しているのだが──いかんせん馬力が違いすぎる。九煉に引きずられて、勇人は彼の後ろをついて行かざるを得なかった。


 だが、九煉は勝手に他人の家の扉に手をかけはじめた。


「おまえ、それは住居不法侵入という名の犯罪だぞ!」


 それ以前に鍵が閉まっていて入れないはずだが、こいつなら何らかの手段で開けてでもはいりそうなところが恐ろしい。そういえばヤクザ事務所に乗り込むときにも、見事なピッキング技術を見せてくれた。


 だが予想に反して、扉はなんの抵抗を見せずに、開いた。頼むから鍵ぐらい閉めておいてほしかった。


「さあ、いざ行かん! 異界の地へ!」


「だから不法侵入だって言ってんだろ!」


 ここの住人に謝ったら、殴り倒してでも病院に連れて行こうと、勇人は心に誓った。


 そして、九煉に手をひかれて扉をくぐった瞬間──勇人の意識は、現実から切り離された。

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