第一回 たのしい魔術講座

① カイラーサ・店内

   季節は春。黒の法衣を着ているあきと、

   普段着のりく。陽生、帽子やフードは被

   っていない。

   二人、正面を向いて、商品棚の前に並

   んでいる。陽生の右手側、少々困り顔

   で冷や汗をかいている陸。商品棚の上

   部に『たのしい魔術講座』とヘタウマ

   な字で横書きされた手作りボード。

陽生「(にこやかに)皆様、こんにちは。

 『たのしい魔術講座』の時間です。今回は、

 お手軽にできるルーンの変身魔術をやって

 みましょう!」

   陸の上に横書きで、T『アシスタント』。


② タイトル画面

   T『狼に変身』

   M『狼になりたい』(中島みゆき)の

    サビ。


③ カイラーサ・店内

陽生「行なうのは、春の満月の夜。次の物を

 用意して下さい」

   と、上手からホワイトボードが現れて、

   二人の真後ろで止まる。

陽生の声「術を行なう前日から絶食して」

   以下、ホワイトボードに書かれている

   内容(手書き文字でヘタウマな絵)。

   『・トネリコの木の杖

    ・狼の毛皮

    ・猪肉

    ・岩塩

    ・蜂蜜酒

    ・たがね

    ・ハンマー

    ・未使用の短剣』

陸 「(困り顔で陽生に)あのさ――」

   と、手持ちのフィリップボードを見せ

   て、

陸 「狼の毛皮なんて、手に入る?」

──────────────────────

   手持ちのフィリップボードに『ワシン

   トン条約の壁』の文字。

   陽生、はっとして、


④ 荒野(夜)

   月夜。崖の上に一匹の狼。勇壮に遠吠

   えして。

   M『狼になりたい』(中島みゆき)の

    サビ。

   SE『ばきッ』と殴りつける音。同時に、

陽生「(OFF)言うな、ソレ!」

陸 「(OFF)あゥ゙!」


⑤ 糸杉の森(夜)

陽生の声「見晴らしの良い、石柱の立った広

 場で行ないます。理想は糸杉の森」

   広場の真ん中に、明らかに撮影用と思

   しき真新しい石柱。

   陽生、右手にたがね、左手にハンマー

   を持って、

陽生「呪文を唱え乍ら、六文字のルーンを刻

 みます。この時、たがねは右手で持つこと。

 (呟いて)持ち辛いぞっと」

   と、石柱にルーン文字を刻んでいく。

   その後ろでフィリップボードを持って

   いる陸。頭に大きなたんこぶ。

   フィリップボード、

   『本日、呪文とルーン文字の公開は省

    略させていただきます』

   陽生(後ろ姿)、石柱にルーン文字を

   刻み続けて、

陽生「一文字毎に短剣で左小指を切って、血

 を文字に塗る」

   と、T.B。陽生の後ろで屈んでいる陸。

陸 「(苦笑いを浮かべて)お手軽……かな

 ァ」

   と、持っていた紙の束(捩じったもの)

   にライターで火を点ける。

   焚火。パチパチと炎が上がり、トネリ

   コに刺さった猪肉が美味しそうな肉汁

──────────────────────

   を滴らせて焼かれている。

陽生の声「終わったら糸杉で火を熾して、ト

 ネリコに刺した猪肉を焼く。味付けは岩塩、

 この時飲んでいいのは蜂蜜酒だけ」

   陸、猪肉を持ったまま顔を背けて、

陸 「(泣いて)不味い……」

   陽生、猪肉に齧りついて、

陽生「(真面目に)じゃ食うな」


⑥ 夜空

   浮かぶ満月に焚火の煙。

陸の声「臭いがキツイよ~」

陽生の声「一日絶食してて、贅沢言うな」


⑦ 糸杉の森(夜)

   陽生、狼の毛皮の上に立って、

陽生「さて、一心地ついたら、広げた狼の毛

 皮の上で」

   と、法衣がするんと足元に落ちて、陽

   生の素足が露出する。

   ぎょっと赤面する陸。

   トネリコの杖を持っている陽生(後ろ

   姿)。肩越しに振り向いて、

陽生「服、脱いで──トネリコの杖を満月に

 向けて、最後の呪文を唱える」

   赤面して脂汗をかいている陸。

   イメージBG、画面いっぱいにタイトル、

   T『なにが起きたんだ』

   陸、目が無くなって真っ白になる。と、

   イメージBG、『自制心』『理性』と荷

   札のついた二つの糸。それぞれ「ぷち

   っ」「ぷち」「ぷちん」と切れる。

陽生「この時、大切なのは節をつけて歌うよ

 ーに」

   と、陽生の背後に怪しく渦巻く靄が現

   れて、

陽生「(気づいて)ん?」

   振り返っている陽生。酷く気まずそう

   に青褪めて、冷や汗をかいている。

陽生「(呟いて)え~と」

──────────────────────

   理性を失って立っている陸。顔は影に

   なって見えない。

   陽生、後退って、

陽生「え? ちょっ……」

   陸、ずいっと陽生に迫る。

陽生「ちょっと待て! お前が狼になってど

 ーする! 待てとゆーにッ!」


⑧ 荒野(夜)

   月夜。崖の上に一匹の狼。勇壮に遠吠

   えして。

   遠くに陽生の怒号とSE。

陽生の声「ばかやろォ──ッ!」

   SE、『ばきッ』と殴りつける音。


⑨ カイラーサ・店内

   M『狼になりたい』(中島みゆき)。

   シーン①の商品棚の前。『たのしい魔

   術講座』のボードが頭の後ろになる程

   に、大きな狼に変身している陽生。直

   立して、正面を向いている。その上に

   横書きで、T『注・陽生』。

陽生「(野太い声で)さて皆様、お楽しみい

 ただけましたでしょうか。それではまた、

 お会いしましょう」

   と、見えている店内の片隅、蓑虫の様

   に縛られて吊るされている陸。ぶらぶ

   らと左右に揺れて泣いている。

   M、大きくなって、


⑩ 荒野(夜)

   月夜。崖の上に一匹の狼。

   シーン⑨から続いているM『狼になり

   たい』(中島みゆき)。Mが終わると、

   勇壮な遠吠え。T.Bして、


⑪ カイラーサ・店内

   シーン⑩からのT.B、テレビ画面の映

   像になって、

   T『制作 西洋魔術専門店カイラーサ』

──────────────────────

   テレビの前にシーター、明日香、雅美、

   隆史。シーター以外は椅子に座ってい

   る。皆、笑顔で口々に、

明日香「(シーターに)面白かったです!」

隆史「(シーターに)あの石柱、どうしたん

 ですか?」

シーター「あれね~、この為に、わざわざ石

 材屋さんから買ったのよ~」

雅美「もっぺん見よ、もっぺん!」

   と、シーター達をT.B。

   店の入り口に、大きな狼のままの陽生。

   直立して、腕組みをしたエプロン姿。

陽生「(野太い声で)ウケてるぞ」

   その横で、商品棚の在庫を確認してい

   る陸。頭と、見えている腕に包帯。

陸 「もう付き合わないからなッ!」



      第一回『たのしい魔術講座』終

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