強欲の代償

第18話

 ▽

 

 ――6月下旬。梅雨のジメジメがピークに達し、紙が湿ってしまう時期。

 それでも私達は紙を切り、組み立てる。

 全国大会がどんなコンディションか分からないから、多少やりにくくても練習は欠かさない。


「全国大会は東京でやるんだよなー」

「うちの親今からはりきっちゃってるよ」

「西丸先生もな。望遠カメラ新調したんやって」

「「マジか〜」」


 最近はクラブ活動だけじゃなくて、学校の休み時間も紙を切っている。

 なにかつくらないと落ち着かない。もう生活の一部になっちゃったみたいだ。

 私はちらちらと横に座るふたりを見る。

 伊豆でえまぴことユキトくんに会ったことを、将継とケントには言ってない。

 ケントには怒られそうだし、将継にはなんだか言いづらい。


 だって、よく考えたら私……

 宣戦布告みたいなことしちゃったんだから!


 ユキトくんに会ったのは本当に偶然だけど、勝手にうちのチームが勝つ! なんて言っちゃった。


 うう、自分が恥ずかしいよ……。


「おい実咲、なーんか隠してるだろ」


 ギックーン!

 ケントの言葉に両肩が飛び跳ねた。


「ななななによ急に」

「最近妙に俺らをチラチラ見てくるし、言いたいことあんのバレバレなんだよバーカ」

「うぐ」

「確かに俺も気にはなっとったわ。チームに隠し事はよくないんちゃう?」

「うぐぐ」


 問い詰めモードのふたりに降参して、とうとう紙すき体験でのことを白状した。


「えまぴに会ったあ!?」


 ケントの大声にキュッと体を縮こませる。


「たまたま同じ紙すき体験にきてて……」

「そんで絵馬くんになにか言われたんか?」

「いや、私がその……大会ではうちのチームが勝つ! あと個人戦では将継が勝つからって言っちゃった。勝手にごめん!」


 パンッと両手を合わせてふたりに頭を下げる。

 いやこれ、絶対に怒られるよね……。

 固く閉じていた目をそろーっと開けると、目の前のふたりはフリーズしていて、


「ぶっ!」「はははっ!」


 なぜか同時に笑い出した。


「ヤバイな〜実咲」

「全国1位に向かってなに言ってんだよ!」

「な、なんで笑うのさ! しょーがないじゃん、うっかり言っちゃったんだから」

「それで最近モジモジしてたんか。まったく、ほんまに困ったヤツや」


 将継はそう言って、ポンと私の頭に手を乗せた。


「ま、そこまで言われたら勝つしかないよな」

「将継……」

「いや〜お前が予想以上のバカで逆に安心したわ。あんなにえまぴえまぴ言ってたのに、実際会って言うことはそれかよ」

「うー。返す言葉もない」

「ファンって言わなかったん?」

「それがタイミング逃しちゃって。あの日男のフリしてて、ボロが出ないように必死だったからなあ」

「「男のフリ?」」


 ふたりは顔を見合わせて、盛大なため息をついた。


「いいのかよそれで」

「うんまあ私はもう男っぽいとか女っぽいとか気にしないことにしたから!」

「実咲がそれでええならええよ。実咲は実咲、やんな」

「う、うん!」


 ふたりに怒られずに済んでホッとする。こんなことなら悩んでないでさっさと言っちゃえばよかったよ。

 よく考えたら、このふたりが「私達が勝つ」って言っただけで怒るはずなかった。

 だって、ふたりともきっと同じ気持ちでいてくれているから。

 ふたりの笑顔を見て、急にユキトくんの悲しげな顔が脳裏に浮かんだ。それと同時に不安になる。


 もしもこれから私達がハイパーペーパークラフトが楽しめなくなったら

 この笑顔も消えてしまうの?


「ねえ、将継は……ハイパーペーパークラフト楽しい?」


 嫌な想像をかき消したくて将継にたずねる。

 将継は首をひねってからすぐに頷いた。


「おん、当たり前やん! 実咲達とチーム組んでからもっと楽しくなったよ」

「そ、そっか!」


 よかった。強い人がみんなユキトくんみたいに楽しめていないわけじゃないんだ。

 ここまでチームを組んできて、実は将継も楽しくないなんて言い出したらどうしようかと思った。


「実咲は楽しいか?」

「うん、楽しいよ。あの日将継に出会わなかったらと思うとゾッとするくらい、ハイパーペーパークラフトが楽しい」


 将継がいなかったらきっと私は紙に触れることを特別に思わなかった。

 将継が私の世界を変えたんだ。


「見てる人も選手も、みんなが楽しめたらいいね」

「そうやね」

「まずは自分達が楽しもうぜ」


 ケントの言葉に大きく頷く。

 私達も、ユキトくんも、お客さんも

 みんなみーんな笑顔になるような大会がいい!


 ハイパーペーパークラフトの全国大会まで――あとひと月。


 ▼


 蒸し暑い日の続く7月の頭。

 下敷きをパタパタあおぎながら登校すると、待ちかねたように実咲が飛びついてきた。


「将継!」

「おわっ。なんや実咲」

「朝から元気やね」と言おうとしたら目の前に茶封筒が突き出される。


 なんやろうこれ。見ろってことか?


 視線で問いかけても実咲はなにやらニマニマしとるだけ。

 仕方なく差し出された封筒を開けると、中からキラキラとしたオーラをまとった紙が現れた。

 キラキラしてるのは俺の脳内のイメージかもしれないけど。それくらい輝いて見えるってこと。

 ザラッとした感触に、複雑に絡み合う繊維。

 もしかしてこれって。

 パッと顔を上げると、太陽みたいな笑顔をした実咲が嬉しそうに言った。


「私が初めてつくった紙がやっと届いたんだ!」

「おお、すごいやん!」


 実咲が紙すき体験に行ってきたのは知っとった。実咲なりに紙のことを知ろうとしてたんやと感動したのを覚えとる。

 こうして実際に手づくりの紙を見ると改めて実咲の努力が感じられる。


「届いたら真っ先に将継とケントに見せるって決めてたんだ。私が紙すきで得た紙への理解。その証拠ってわけじゃないけど、ふたりにも知ってほしいと思った。言葉にするのはちょっと難しいから」

「そうか」


 はにかみながら言う実咲に俺はなんにも言葉が浮かばんかった。

 実咲は弱点克服のために着実に進んどる。道場にも通いながらうちで猛特訓もして、大変やろうに。

 俺もしっかりせな。実咲を見ていると自分もがんばろうと思える。


「でね、今日のクラブはこの紙を使ってやりたいことがあるんだけどいいかな?」

「ええよ。なんでもやり。付き合うわ」

「わーい!」


 うさぎみたいに飛び跳ねる実咲を眺めて、ふと思う。

 そういや今年で終わりやんな。

 俺らは来年中学生になる。今とおんなじようには居られん。

 ならせめて後悔のないように今を過ごしたい。


「ふー間に合った!」

「もーケントは今日もギリギリなんだから。ケントには後で見せよ」

「なにを見せるって?」

「あーとーで!」


 こうして実咲とケントがガルガル言い合うのを見るのも、いつか終わりがくる。


「ああ、あかーん。センチメンタルやあ」

「将継は将継でどうしたよ」

「さあ?」


 余計なこと考えてしまうんはきっとこの暑さのせい。

 全国大会は夏真っ盛りに行われるから、暑さで集中できんかったらヤバイって分かってんのに。

 やりたいことはなんでもやればええ。実咲とケントが望むなら、俺はなんにでも付き合うよ。

 だからもう少しだけ一緒に紙を切ろう。

 できれば大会が終わっても。なんて言うのはワガママがすぎるか。


 ▼


 ――放課後。図工室ではワクワクを抑えきれていない実咲が黒板の前に立っていた。


「朝も言ったけど、私のつくった紙が届きました!」

「お〜よかったな」


 ケントの適当な返事をスルーした実咲は、手にしたハサミで手づくりの紙を躊躇なく切り始めた。

 俺は驚いて実咲を止める。


「ちょお待てって。それ、記念に取っておかなくてええんか?」

「え? だって切るためにつくったんだよ?」


 そうかもしれんけど……世界にひとつしかない実咲の手づくり紙や。もったいないような気もする。

 スッと滑らせるように刃を入れて、紙はきれいに3つに分けられた。


「はい、今日はこれを使って作品をつくろう!」


 手のひらサイズになった紙を俺らに配って実咲は言う。


「実咲の紙、俺らも使ってええの?」

「うん! 最初から3人で分けようと思ってたんだ」

「やべえ、失敗できねーぞ」


 ケントの言うとおり、かえのきかない紙を使うんは緊張するな。

 実咲はそれを狙っていたようにニヤリと笑った。


「実咲さまの貴重な紙、丁重に扱ってよね」

「名付けて『実咲紙』ってか」

「1枚100万円!」

「たかっ」


『実咲紙』、か。


 俺は紙の表面を指でなぞった。まっしろで素人感丸出しの紙やけど、特別なもんに思えてくる。


「お題はなし。自由につくっちゃって。はいスタート!」


 自分でスタートって言った瞬間に、もう実咲は切り始めている。

 ケントは「いきなり言われてもなあ」と文句を言いながら紙を目で計り始めていた。

 俺は笑いたくなるのを喉の奥に飲み込む。

 やっぱりこいつらサイコーやな。紙を切ることが当たり前になっとる。

 貴重やから飾っておこうとか、なにに使うかじっくり考えようとか、そういう考えがない。


 俺はちょっと考えてしまった。

『実咲紙』、このままずっと大事に取っておきたいって。


 でもそれを実咲は望まんよな。

 いつもよりずっと慎重にハサミを入れる。

 素人づくりの硬い紙。切りづらくてしゃーない。

 それでも自然と心がこもっていく。ひと断ちに責任を感じる。

 きっとこれが実咲の見つけた『紙への理解』なのかもしれんな。

 3人で黙々と手を動かし続けて、作品が完成した。


「うわーケントの細かい。親指サイズの人形だ」

「ちなみにこれ『柔道してる実咲』な。イッポン取ってドヤってるとこ」

「なんだと〜?」

「将継は『お守り』をつくったんだな」

「おん。来週、実咲の柔道の試合やからな。必勝のお守りやで〜」

「うわーありがとう。絶対に負けないから!」

「そういう実咲は?」


 横に並ぶ作品を見て、俺は沸き上がる嫌な予感に気がつかないフリをする。

 実咲、その形は……。いやでもまさか。

 技術的にはめちゃくちゃ上手くなっとる。一所懸命切り絵で腕磨いとったもんな、うん。

 実咲はニコニコしながら自分の作品を手のひらの上に乗せた。


「じゃーん! 『とぐろを巻くヘビ』! ヘビってすごく縁起がいいんだって」

「いやそれどう見てもう○こ……」

「ケント、突っ込んだら負けや……!」


 実咲お手製『実咲紙』。 3つ並んだ作品は、3人で話し合った結果図工室に飾ることになった。

 お題も作風もバラバラで、だからこそすごく俺ららしい。

 なんだかチームの証のように思えて、それを見る度に俺は笑ってしまう。


「将継笑いすぎじゃね?」

「センチメンタルはもう終わっちゃったのかあ。今日の練習が終わるまでもう少し大人しくてもいいのに」

「よっしゃ、今日も今日とて特訓始めるで〜!」

「「お手柔らかに!」」

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