La la la……Where Are You……?

 帰ってきた僕は、玄関のドアを開けた。狭い自室に上がるも、そこに人影は無かった。ベッドやPCなどの家具のみが残されていた。


 シオラが、消えた。


 僕は自宅を飛び出した。




 〇


 初めに、夏祭りでシオラが行方不明になった時のことを話そう。地面に捨て置かれていた浴衣を回収し、シオラに着せ直した。


 彼女を連れて花火でますます賑わう夏祭りの会場へ向かうと、丁度敬佑がやってきた。

「あれ、あの三人組は?」

「ああ、この人混みで上手く撒いたよ。そうそう、あいつらなんかパニック起こしながら追いかけてきて怖かった。まあ、警備員見つけてなんとか対処してもらった」

「それは良かった。よくそんなに体力持つね……」

 実際に、夏祭りの会場からシオラの連れ込まれたトイレまではかなりの距離があった。しかも、足元は砂浜とかなり悪いはずだった。

 しかも、今の敬佑を見ればそんなに疲れていないようだった。

「体力だけはなんかあるんだよね……ほら、たまにそういうやついない?」

「とりあえずそういうことで納得しておくよ」

 と、いうわけだ。その後僕らは敬佑と別れ、夏祭りを目一杯楽しんだのだった。もちろん、シオラからは目を離さなかった。そのシオラはというと、初めて見る花火に心を躍らせていた。



 夜も深まり、夏祭りが終わりを迎えた。砂浜を去っていく人混みに紛れて、僕らも帰路についた。

 その道中、敬佑と再び会った。

「また会うとは」

 まず驚きが出てくるのは、さすが日本人と言うべきか。

「やあ、楽しめたかい?」

 僕は敬佑と違ってフランクに挨拶をした。アメリカ育ちだからなのか、偶然に対して驚くようなことはあまりない。

 敬佑がはっと気を取り直して、話しかけてきた。

「そういえばだけど、出された課題やった?」

「そんなのあったかな?」

「あるある、さては先生の話聞いてなかったな?」

「嘘だよね」

 これにはさすがに驚いた。「偶然」にはあまり驚かないと先程も言ったが、これは予想外だった。当時の授業は、大切じゃないと思って聞き流していた。まさかこんな形でバチが当たるとは。

「明日先生に聞いてみる……」

「それがいい」


 シオラはというと、完全に蚊帳の外でただおろおろしているだけだった。何気に人見知りなのだ。




 〇


 切り替わって、時刻は夏祭りの数日後の朝。場所は自宅。僕はPCの前に張り付いていて、シオラはベッドで読書にふけっている。中学生向けの小説を読んでいるようだ。

 ちなみに僕がPCの前にいる理由は単純。先生からのメールを待っているのだ。この前敬佑に言われて思い出したレポートの件で。

 本来この休みの日にメールを送るのは失礼なのだが、急を要するため仕方がない。スルーされる可能性もあり、もはや賭けだ。


 ふと、シオラが最近読書しかしていないことに気づいた。家事もある程度は手伝ってもらっているが、それ以外の時間の過ごし方はほぼ本に夢中になっている。

 配慮が足りなかったと自省し、ひとつ気付いた。


 今僕の目の前にあるPCの使い方を教えれば、彼女の暇つぶしの幅が広がるのではないか? 

 制限をかけておけば、ある程度の不慮の事故は防げるだろう。


 そう考え、早速設定を少しだけいじった。

 それが終わるとすぐに、シオラを呼んだ。

「どーしたのー?」

 彼女はおもむろに本を閉じ、こちらに近づいてきた。

「これ、PCって言うんだけど……」



 文字入力の方法や触ってはいけないものなど教えていたら、いつの間にか正午を回っていた。

 出会って間もなく判明したように、彼女は理解力が人一倍ある。そのため、一通りの操作を覚えてもらうことは出来た。

「メール来ないな……さすがに駄目か」

 そう独りごちていると、いきなりメールの通知がPCの画面に現れた。先生からのものだとすぐに分かり、中身を開いた。本文をさっと読んだ後、僕は家を出る準備を始めた。先程のメールで、大学に来るよう指示があったからだ。

 シオラはと言うと、僕が急にPCの前から離れたために首を傾げていた。この可愛らしい動作はもはや彼女の癖なのだろう。

 とりあえず説明は必要だなと思い、話しかける。

「今からちょっと出掛けてくるね、必ず日没までには帰るよ。本読んでてもいいしネット見ててもいいからね」

「あ、うん」

 シオラの返答を待たずに、僕は玄関に向かった。



「行っちゃった……とりあえず見てよーっと。ん、何これ?」


 カチッ。シオラがクリックしたのは絵本を紹介しているサイトだった。


「『人魚姫』……わたし?」




 〇


 大学構内に入り、先生から目的の課題について聞き出すことには成功した。ただし、軽いお叱りつき。

 それと、敬佑とまた会った。彼もまた、大学に用事があったらしい。とは言っても、些細なものだそうだが。


 今は敬佑と帰り道を歩いている。途中までは帰る方向が同じなので必然的にそうなった。

 敬佑がおもむろに口を開いた。

「あ、聞きたいことあって……と言ってもすごく下らないんだけどさ」


「シオラさん……だっけ? 和真とはどんな関係?」

「おぁ!?」

 予想外の質問に驚いてしまった。いや、聞かれるのも当たり前か。昨日あれだけ動揺を見せてしまったし……。保護した「人魚」だ、と素直に答える訳にもいかないので、嘘を言っておく。

「えーと、あれだ、妹!」

 すると、敬佑は案の定と言うべきか、僕を訝しむような目で見てきた。

「ちょっと声が震えてるけど……まあいいか。あんま深くは聞かない」

「どうも」

 気を遣ってくれたらしい。申し訳なく感じたが、謝る前に敬佑が話題を変えてきた。

「最近ギターどう?」

「つい昨日、新しい曲弾けるようになったよ」


「新しい曲」とは、あのシオラに初めて聞かせた曲のことだ。先週辺りにはまだBメロまでだったが、あれから猛練習した成果が実を結んだのだ。

 シオラにはまだきちんと聞かせていない。いつものようにギターの練習を聞いているうちに、彼女が寝落ちてしまったからだ。


 いつか、聞かせてやりたいなあ……。


「あ、私はここで」

 敬佑の言葉により思考から引き戻された。

「ああ、じゃまたね」

「またね」

「そうだ、妹思いなのはいいけど……依存し過ぎはダメだよ」

「え、あ、あぁ……」

「昨日の祭りで余裕がなさそうに見えたから……じゃまた!!」

 そんな引っかかるような言葉を残し、敬佑は走り去っていった。



 それからしばらくしてシオラの待つアパートに着き、自室の玄関のドアを開けた。




 〇


 夢かと思った。何度も、目を擦った。


 しかし、そこにいるはずの人影は見当たらない。


 一体、どうして。



 いや、そもそも彼女がいたこと自体が夢だったのか? 


 わけも分からず家を飛び出した僕の頭では、沢山の疑問が舞踏会を開いていた。ふざけた冗談のように聞こえるかもしれないが、本当にそれほど混乱していた。

 荷物など、自宅の中に放り投げてきた。施錠する余裕などない。故に、手ぶらで街を駆けずり回っていた。



 あてもなく探し続けて、二時間程。あれだけ高かった日が傾き始めていた。「あてもなく」、なので当然シオラが見つかるはずもなかった。


 シオラの服はそのままだったので、恐らく下半身だけ露出させたままだ。それなら、どこかで騒ぎになっていてもおかしくない。

 冷静になってきた頭でそう考えたが、今までそんな様子は見られなかった。


 かと言って、シオラが行きそうなところなど思いつきもしなかった。


 シオラ……どうして消えた? 



 ……いや、そもそも僕にシオラを探す義務はあるのか? 

 シオラを保護したのは確かに僕だが、彼女の尾鰭はとっくに完治している。自分の帰るべき場所、海に戻っただけという可能性も考えられる。


「……帰ろう」


 すっかり意気消沈した僕は、帰路についたのだった。




 〇


 今、僕はギターを持って砂浜にやってきている。そう、家の近くの海だ。煌々とした月が地平線から顔を出しつつある、夜に入って間もない頃。星は、多くはないが、暗闇の中にちらほらと輝いていた。海は波風ひとつなく、静かだった。


 実は、あの後自宅に着いたはいいものの、やけにシオラのことが頭から離れなかった。

 脳内をリセットするために、いつものようにギターの練習を始めた。が、何度もミスしてばかり。弾こうとした曲はシオラに何度も聴かせたあの曲。こんなにミスをするのは明らかにありえない。

 すっかり集中が途切れてしまった僕は、時間も忘れてぼうっとしていた。



 ふと気がついたら、太陽が沈みかけているのが窓から見えた。茜色と紺色のコントラストが僕のやるせなさをより一層かきたて、いてもたってもいられなくなった。


 もう一度、シオラにあの曲を聞かせたい。勿論、完璧になったものを。



 その一心で、ギターを背負って海にやってきたのだ。だが、正直に言って望みは薄い。

 それでも、待たずにはいられない。幸い時間はたっぷりある。次の朝になったら、諦めて帰ろう。


 砂浜に腰を下ろす。すると、コツン、と背負っていたギターに何か硬いものが当たった。立ち上がって後ろを向き、しゃがみこんでみる。

 そこには巻貝があった。表面は岩のようにごつごつとしている。中身はなく、真珠色の裏面が見えるだけだった。


 貝殻を耳に当てたら、海のさざめきが聞こえてくるらしい。本当に何でもないが、ふとそんなことを思い出した。

 実際に耳に当ててみると、波の音が耳元で反響するように聞こえてきた。海はしんとしているので、勘違いの類ではない。

「あーあ……シオラの声も聞こえたらな……」

 焦燥感、そして虚しさを覚え、貝殻を耳から離した。

「はぁ……」


 僕は、シオラのことが好きだ。断じて、異形が好きだとかそういった特殊な嗜好を持っている訳では無い。シオラ、そのものが好きなのだ。今更はっきりと自覚したところで、どうにもならないのだが。


 思えば、あんなに必死になって探したのも彼女にいなくなって欲しくないからだった。



 柄にもなく、涙を流した。

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