鋼の墓標

スエコウ

1 火兵

 その大盾の別名を『墓石はかいし』という。


 火兵パイロと呼ばれる奴隷兵が唯一、支給される武具である。


 担ぐ者を押し潰さんばかりの超重量は、その巨大さだけが理由ではない。大盾の中に仕込まれた射出式重槍パイルバンカーの機構ゆえだ。頑強さだけが追求された、鋼鉄のかたまり


 魔王軍と相対する、最前線。


 灰色の曇天、灰色の土。ヘドロのような泥濘ぬかるみの丘を、泥まみれの火兵たちが黙々と歩き続ける。今にも崩れ落ちそうなほどに背を丸め、己の『墓石』を担いで歩き続ける。歩き続ける。


 生き残る可能性はない。

 火兵は皆、罪人である。


 火兵の刑に処された者は、呪文が刻まれたを口から押し込まれ、臓腑ぞうふに直接、火術式を焼き付けられる。


 戦果として支給される霊薬ポーションで進行を遅らせることができるが、遅かれ早かれ刻まれた術式に、その身を焼き尽くされるのだ。


 術式は火兵の命を燃料にして、彼らに超人的な身体能力と魔力を付与する。いずれ死ぬと分かっていながら、彼らは霊薬を求め延命を求め、狂ったように戦い続ける。魔王軍すら忌避きひする、狂人の集団である。


 死の瞬間は、突然訪れる。


 闘いの最中さなか、周囲を巻き込み爆裂する者。

 前線に辿り着く前に、発火して灰になる者。

 反逆罪あるいは上官の不興を買い、自爆させられる者。


 火兵の死体が残ることは、ほとんどない。


 死期を悟った兵士たちは、皆同じ行動を取る。槍を射出させ、敵ではなく地面に突き刺し、己のとするのだ。


 そして『墓石』だけが残る。


 戦闘が終わる。戦場には、持ち主を失った無数の『墓石』が立ち並ぶ。


 そして『墓石』は回収され、新たに前線に送り込まれた火兵に支給される。


 ――死にたくない

 ――おれは無実だ

 ――裏切り者 復讐してやる


『墓石』に刻まれたたちの無数の呪詛。それらもすぐにさび摩耗まもうにまみれ、誰の目にも留まることなく消えてゆく。


 火兵は今日も、戦場をさまよい続ける。

 墓石を背負い、戦場をさまよい続ける。



 ***



火兵パイロの刑に処す」


 身に覚えのない大公暗殺容疑で逮捕された数時間後には、シグの量刑は決定していた。


 薄暗い地下牢で、シグは無罪を叫び続けた。


 城塞都市の文官として、大公に忠誠を尽くしたと叫んだ。幼馴染で婚約者であるラータの父親、己の義父となる人を殺すはずがないと叫んだ。


 返ってきたのは、革袋を被った、顔見えぬ刑吏たちの嘲笑だった。


 抵抗する気力がなくなるまで、拷問された。


 歯を折られた。火兵パイロになればすぐ治るよ。

 腕を折られた。火兵パイロになればすぐ治るよ。

 顔を焼かれた。火兵パイロになればすぐ治るよ。


 火兵パイロになれば、灰になるまでどんなに死にたくなっても死ねない身体になるから、大丈夫だよ。


 火兵パイロになれば、灰になるまでどんなに痛くて苦しくても死ねない身体になるから、大丈夫だよ。


 刑吏たちは優しく声を掛けながら、シグを拷問し続けた。


 血塗れで半ば意識を失った、シグの頭が掴み上げられる。そして、真っ赤に赤熱した焼きごてが、シグの口に突き込まれた。


 地下牢に絶叫が木霊こだまする。

 その叫びを聞き届ける者は、だれもいなかった。

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