チャルメラの音が

 その頃の公園にはまだ、日が暮れるまで遊べるだけの種類の遊具が揃っていた。


 だから男の子達は皆お腹が空くまで燥ぎ回って、泥だらけになったりしたあと、漂ってきた夕飯の匂いを合図に家路に着いた。




 小学校に上がった年のある日、桜の花も散り始めたその公園で、幼馴染のタケシと例の如く遅くまで遊んでいると、何処からか甲高い音の旋律が聞こえてきた。


 「タケシ、石焼き芋だ」


 「違うよ、石焼き芋は拡声器で声出すじゃん」


 「拡声器って、先生が運動会の練習とかで使うやつ?」


 「そうだよ。今鳴ってるのは……なんつったっけ?」


 そう、その頃にはまだ、町にチャルメラの音が鳴り響いていたのだ。


 「なんかいい匂いがする……ラーメンだな。タケシ、腹減ったから帰ろうぜ」


 「うん。もう一回グルグルの滑ってからな」


 そう言ってタケシがスパイラル滑り台に上ろうとした時、再びチャルメラの音が聞こえてきた。今度はさっきよりも近い距離からだった。


 振り返ると夕闇の中、公園の端に屋台が置かれているのがわかった。


 早速タケシに知らせようとしたが、彼の姿は何処にもなく、屋台もいつの間にか消えていた。




 それから暫くして、奇妙な噂が子供達の間で流れ始めた。


 それは、夕刻になると突然公園にラーメンの屋台が現れ、遅くまで遊んでいた子供を攫っていくという内容だった。


 その攫われた子達がどうなるかは諸説あり、中にはラーメンの具材にされてしまうというものまであった。


 だが、そんな噂も時が過ぎると公園の遊具と共に消えていき、誰も口にする事はなくなった。


 そしてみんな、タケシの事まで忘れていった……。


         ※


 帰宅途中、公園のベンチで休んでいると、チャルメラの音が聞こえてきた。


 ふと顔を上げると、そこにはいつの間にか屋台が置かれており、キャップを深く被った男が器物を並べていた。


 ほんのりと香りが漂ってきて、思わず腹に手を当てる。時計台を見上げて、普段夕飯を食べている時刻だという事に気がついた。


 「そうか……日が長くなってくると分からんな」


 私は屋台の椅子に腰掛け、ラーメンを注文した。男は黙々と作業を続けたあと、ゆっくりと丼を差し出した。


 「おお……うまそう……」


 ホクホクと湯気の立つ麺とスープを掬おうとした時、私は絶句した。


 そこには、鳴門のスパイラルを滑り下りるタケシの姿があったのだ……。




 (了)

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