造園

くろせさんきち

蛙といつまでも

 ああ残念じゃったな、行ってしもうた。なに、次のバスならすぐ来るじゃろ。


 お嬢さんたちは二人で旅行かな? へえ、こんな何もない田舎にかい、物好きじゃな。


 そうかい、学校の友達かい、いいもんじゃの。ワシも子供の頃には親友と呼べる奴がいたものじゃ。


 いや、バスなんか待っとらんよ、日がな一日退屈しのぎでここに座っているだけじゃ。


 そうだあんた方、田圃以外何も無いとこじゃし、よかったらバスが来るまでワシの話でも聞いていかんか? 


 見ての通り暇な年寄りでな、ちょうど話し相手が欲しかったところだったんじゃ。


 そうか、聞いてくれるか。うん、ワシにはな、さっき言ったように親友がいてな、名は一平といったんじゃ。



 「ケン坊、役場の裏で紙芝居やっとるぞ。そこまで競走じゃ」


 「よし一平、今日こそ勝つわ……駄目じゃ、もう追いつけんわ……」


 二人は幼馴染でな、こうやって毎日駆けっこなぞして遊んでいたもんじゃ。


 勉強は苦手で要領も悪い三平じゃったが運動に関してはピカイチでな、一度も勝つことは出来んかった。


 足が速いのもあるが、奴の最大の武器はその跳躍力よ。駆けては跳ぶの繰り返しで、その姿はあっという間に遠くへと見えなくなったわ。


 でもそれだけじゃない。どんなに高い枝になってる柿の実も跳ね上がってはもぎ採ったし、相撲をしても向かって来る相手を牛若丸よろしく跳んではいなしたもんじゃ。


 それで付いた渾名が"蛙の一平”。当人もその名を気に入っておってな。夕方、田圃で蛙を捕まえとる奴の姿が、よく見られたもんじゃ。


 ただ、本物の蛙と違って、どれも着地だけは下手じゃったな。その辺も要領の悪さから来てるのか、失敗して転んで傷を創っては、毎度町の薬屋の世話になってたわ。



 そうやって、いつもの様に学校帰りに遊んどるとき、急に奴がこう言った。


 「なあケン坊、どうやったら人は蛙になれるんかの?」


 狭いデコに皺を寄せて、大きな瞳でじっと見ながら尋ねてくる面は、まさに蛙そのものじゃった。


 「そんなもん無理やろ。人は人、蛙は蛙じゃ。その生き物に生まれたからには、他の生き物には変われんのじゃ」


 ワシがそう言うと、奴はひどく寂しそうに、田圃で捕まえた青蛙を見ながら


 「そうやのう……」


 とだけ呟いた。


 その話もそれで終わったんだが、とても納得した様子ではなかったの。そのせいか、次の日から心なしか元気が無いように見えたの。


 そんなある日、一平の噂を聞きつけた隣町のガキ大将が、ワシらの町にやってきた。


 「蛙っちゅうのはおまえか? どうじゃ、俺と勝負せんか?」


 蛇みたいな目付きのそいつはな、校門の近くで待ち伏せしており、ワシらを見つけるといきなり絡んできおったんじゃ。


 「ほほーん、そうじゃ俺が蛙じゃ。いいぞ、何で勝負する?」


 自分の渾名が、隣町まで知れ渡ってるのに気をよくしたんじゃろうな。一平は、蛇に睨まれた蛙になるどころか、勇ましく挑みおったわい。


 「蛙なら泳ぎも得意やろ。あそこの川で泳ごうや!」


 ガキ大将が案内した川とゆうのは、ワシらもよく知っている遊び場でな。夏になれば、みんなで岩の上から飛び込んだりしたもんじゃ。


 当然、一平だって慣れ親しんでたわな、そのうえ水の中でも奴は無敵じゃ。平泳ぎをしても、手足に水かきでも付いているかのようにスーイスイと水の中を進むんじゃ。


 勝負は端から見えてたようなもんじゃが、そこで予想外の事態が起きた。流れが変わる地点から一平の姿が突然消えたんじゃ。


 「おお、一平のやつ、新しい泳ぎを覚えたんじゃねえか?」


 ワシも話を聞いて駆けつけてきた他の友達も、余裕しゃくしゃくでそう笑っておったが、いつまでたっても浮かんでくる気配が無い。


 こりゃ徒事でないと、ワシらもガキ大将までも日が暮れるまで探したが、奴が見つかったのは次の日の明け方で、遥か川下の方に死体となって流れついておったんじゃ。

 

 河童の川流れならぬ、蛙の川流れになってしもうたんじゃ。


 野辺送りでは、涙が枯れるまで泣いた。ワシや奴の家族だけじゃない。友達も町の大人達も、田圃の蛙と一緒に声を上げては泣いた。


 自分が生まれて初めて遭遇した人の死でもあるからの、あの葬式はずっと忘れられんわ。


 ま、それでも四十九日が終われば幾らか悲しみも和らいでの、学校の方も以前と変わらぬ雰囲気になりはじめておった。


 そんなある日の音楽の授業でな、不思議なことが起こったんじゃ。


 (ああ、今日は「かえるの合唱」か……一平が好きで大声で唄っとったな。酷い音程やった。ほんまに運動以外の授業は、からきし駄目な奴やった……)


 そんなふうにあいつの大きく開いた口を思い出しながら、配られた譜面に目を落としたとき、音符のひとつがクネクネと動いておるのが見えたんじゃ。  


 きっと錯覚か何かだと思い目を擦ってみたんじゃが、何も変わらん。まるでオタマジャクシが泳いでいるようじゃった。


 他のプリントも同じなのかと思い、隣の奴に訊こうとしたその刹那、その音符が跳ね上がり、教室の窓から校舎の隣にある田圃へと飛び込んだんじゃ。


 その一連の流れが電光石火の如くでな、生き物にしても普通ではありえん動きじゃった。


 すぐに周りの連中や先生にも報せて譜面も見せたんじゃが、ただの印刷ミスだと片付けられ、終いにゃ笑われたわ。


 かく言うワシも、一平のことを思い出したのが原因で、ありもしないものを見たんじゃと自分に言い聞かせて納得したが、一週間ほど後だったかな? また奇妙なものを見たんじゃ。


 一平が、よく世話になっていた薬屋の店頭に置いてある人形が、新しいものに変わっていたんじゃよ。いや、それ自体は何らおかしなことではない。あんたらも知っとるじゃろ、大概の薬屋でお馴染みの蛙の人形じゃ。

 

 前のが傷んできたから、店主が新品を発注したんじゃろな。でもその新品に奇怪な噂が……今で言う都市伝説めいた目撃談が相次いだんじゃ。


 なんでも、道行く人を目で追ったり、近くに虫が止まると舌が伸びたりとかな。


 (なんじゃい、これが例の人形か。どこもおかしなとこなぞ無いわな、馬鹿馬鹿しい)


 日曜日の夕方じゃったかな? 親の使いの帰りにワシも目にしたんじゃが、そんなふうにしか思わんで店の前を通り過ぎたとき、妙な視線を感じた。


 そんで振り返って見ると、目でおってたんじゃよ……ワシの背中をな……。



 ハハハッ、そりゃ嘘だと思うわな。あんたらの反応は至極真っ当じゃ。ワシだって駆け足で家に帰ったあと、親に話そうとしたが思い直したほどじゃ、音符の件もあるしの。


 でもな、その夜布団の中で目を瞑ると、浮かんでくるものがあったんじゃ。

 

 ワシが見た二つの奇っ怪なものを結び合わせると、一人の少年の顔が現れた。そう"蛙の一平”じゃ。


 輪廻転生という言葉がある。人が生まれ変わり死に変わることじゃな。


 あの二つは、恐らく一平の転生後の姿だったんじゃ。元々は、再度人間に転生する予定だったのではないかな……。


 しかし以前ワシにこぼしたように、蛙に生まれ変わりたかったんじゃろう。


 その強い気持ちと図抜けた跳躍力で、定められた輪廻の輪から跳んで出ることが出来たものの、生前よりの要領の悪さからか着地に失敗した。


 その結果、蛙やオタマジャクシではなく、それらの紛い物に転生してしまったのではないか……とワシは思う。今でもな……。


 蛙の人形か? 結局廃棄処分されたわ、店の評判にも関わってきたからの。それ以来、蛙っぽいものに転生した一平を見ることはなくなった。


 でもな、この歳になっても、こうして田圃に座って蛙の鳴き声を聞いとると、奴のことを思い出すんじゃよ。もしかしたら、近くでワシのことを見守ってくれているのかもしれんの……。


 ふふふ、やはりおかしいかの。もちろん、信じるも信じないも、あんたらの自由じゃ。惚けた年寄りの戯言と取ってくれても結構じゃ。


 おや、バスが来たようじゃな。これは長々と話を聞いてくれたお礼じゃ、持っていきなさい。いや、遠慮せんでいいんじゃ。


 金なら幾らでも、このから出てくるからの。



(了)


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