Ⅲ 魔坑編
第43話「機関車に乗って——」
本日は8月31日——
試験が終了し、目が覚めた8月22日からおよそ1週間と少しが経過した。
正直なところ、試験も含めこの数日間に色々なことが起きすぎて内心疲れていた。だが、そんな暢気なことは言っていられない。
俺にはやらなければならないことが残されているのだから——
ブリトニーと合流し、現在は初めの目的でもあった港を目指している。本来なら、俺の隣にはファルコが居たはずだったのだが——そう思うと心が苦しくなった。だが、引きずってばかりいられない。目的を果たすために、マナを連れ戻すために、今は突き進むんだ————
俺が目指す先は、さっきから挙げている「港」だ。
この大陸には「港」と呼ばれる場所が東西南北に1か所ずつ存在し、その中でも俺が目指すのは「東の港」だった。
選んだ理由は単純に、「俺の出身の村に一番近かったから」と言うものだった。しかし現在では、東の港から出向する船は、東北の大陸「レオニス」に向かうものである、と言うのも大きな理由の一つであった。
「レオニス」とは、格闘城塞都市「レオニダルク」を首都とした強豪大陸であり、他にも大魔法帝国「リルミューラ」なども存在する、強者ぞろいの大地と言われていた。無論、魔物たちや魔王軍の影響も、魔王の城と隣接しているため強く及んでいるのだが、先住民たちの戦闘力もすさまじく高かったため、力によって対抗できていたのだ。
がっつりと魔王の影響下にありながらも、その影響を一切もろともせずに平気で生活できているのは、この世界ではこの大陸だけかもしれない。
と、そんな理由から、この大陸には、先住民たちが編み出した「強くなる秘訣」が多く存在していると言われており、何なら人も平気で暮らしているわけなので、俺が進むべき順序としても、まずはこの大陸へ向かうのが正しいと、相対的に見て判断したと言うわけだ。
それに、消えた当時のマナは★★★☆☆————正直、その★の数では「レオニス」大陸以外の「魔物に支配された大地」には行けないと思うし————
とまあ、そんな理由を全部ひっくるめて、俺は「東の港」を目指すことにするのであった————
★
冒険者になったあの日、俺はブリトニーを連れて港を目指そうと街を飛び出した。当時はお金に余裕がなく、それをケチって徒歩で港町を目指して、道中散々な目に————
でも、今はあの時とは違い、若干ではあるが懐が潤っている。それに、近頃は忙しくて、少しは楽がしたい気分でもあったんだ。あともう一つ理由を挙げれば、「昔から乗ってみたかった」かな————
と言う理由から、現在はアルグリッドにある「駅」に顔を覗かせていた。
アルガリア大陸には「鉄道」が走っている。——と言っても、出来たのは何年か前の話だが。
鉄道を走る「機関車」は、「
運賃も手ごろだった。距離によって値段が変わるのだが、冒険者であれば割引が効くらしく、ここから東の都まではおよそ「500G」ほど。下手をすれば何日かかかるかもしれない道のりが数十分~一時間ほどで済むのだから、本気のホントにすごい話だ。
他には「馬車」と言う手段もあるのだが、あれらは基本魔法のかけられていない馬力車。一度に少人数しか運べないことや、馬たちの体力にも影響されるため、値段が高く移動速度もそれほど早くはなかった。
まあ、初日に乗った馬車は魔法が掛けられていたらしく、アホみたいなスピードが出ていたが————
ああ、あと「駅弁」だ!
駅にはそれぞれ特徴のある弁当が売っていると聞くが、ここの駅はどうなのだろうか。駅のホームで売っているって聞いたけど————あ! 見つけた!
つい先ほど飯を食べたばかりだけど、まあ記念に買うとするか。最悪一つをブリトニーと分ければいいし。
——で、ここの駅弁は……? 「ファングマシマシ猪弁当?」
中身は何となく想像できるが、開けてからのお楽しみとしておこう。
「取り敢えず一つください」
※ ※ ※
150G支払った——
「アルグリッドの駅弁」を手に入れた——
※ ※ ※
案外値が張るが、文句は味を見てからにしよう。
丁度俺がそれを買ってブリトニーに「ジャジャーン。後で食べような」と見せていた時、遠方から顔を見せた鉄の塊は大きな声で汽笛を上げ、駅のホームへとやってくるのであった。
「わぁ……なにこれすごい」
「何気に間近で見るの、初めてなんだよな……」
それを見た時、ブリトニーはおろか俺ですらも子供のような反応を示していた。
————ん? ちょっと待て。ブリトニーの腰元から垂れ下がったあれってなんだ? さっきまではなかったはずなのに——
彼女の腰元から下がるそれは、ずっしりとした重量感をにおわせており、そして地面についていた。
————あれは尻尾だ。
「なぁ、ブリトニー。それって……」
「あ、出てきちゃった————」
そう言えば医者がこんなことも言っていたな。
「一度擬似進化してしまうと、そのリミッターが外れやすくなる」「今後、感情の変化とともに一部体が変化する場合がある」と。つまりこれはそう言うことなのだろう。他っておけば自然と治るとも言われたから、今はそれを信じてほかっておこうか。
そして、「プシュー」とそれが煙を吐いたので俺たちは驚いて後ろへと身を引いたが、そのあまりの雰囲気に何とも言えぬ表情で魅了されていた。
すると、その機関車の後ろに並ぶ客車の扉が開き、中からぞろぞろとたくさんの人たちが降りてきた。
気品のある服装の人が多いな。やはり、鉄道を利用するような人間は金持ちが多いのか——と思いきや、一般的な雰囲気の人たちもちらほらと見えたので一安心。中には冒険者らしき一団も見受けられたので、やはり「どんな人でも鉄道に乗るんだ」と、もう一度安心した。
俺たちは適当に、目の前の車両に乗り込む。
座席はそれなりに多くあるようだが、案外乗客も多そうで、車内を軽く歩いて席を探さなければならなかった。
——と、俺たちが席を探していた時である。
「ちょっと、何でここに亜人がいるわけ?」
すぐ隣に座っていた女性が、突然そう呟いた。——そう言えば、周りの視線もさっきから冷たく感じるし——って、あ。しまった……。
俺は重大なことを忘れていた。
★ ★
鉄道のルールの中に、「人種専用車両」なるものが存在している。それは、人種と亜人種を隔てる制度であり、そういう面を嫌う乗客に配慮した、要はトラブルが起きないようにするための制度であった。——そう、名目上は。
しかし、よくよく考えてくれたら分かると思うが、これは一種の人種差別。感じの良いものでもなければ、とても許されていいものではない。だが、現状、それが容認されてしまっている————
俺は「なんでそんなこと言われなくちゃならないんだ」と、その乗客に言い返した。だが、乗客は態度を改めることは無く、ブリトニーを汚いものを見るような目で見続けた。終いには「ペットの世話くらいしっかりしたらどうなんだ」と吐き捨てる始末。
流石のそれには俺も我慢ができなくなって、その乗客に手を上げようと拳を振り上げていた。しかし、
「お客様、困りますよ」
駅員によって食い止められた。
俺たちが揉めていたせいで、機関車が出発できなかったらしい。「これ以上問題を大きくするのであれば機関車を利用できなくする」とまで言われてしまったため、俺はしぶしぶ駅員に従うことにした。
そして、結局俺たちが「自由席」に移ること問題が解決したわけだが————正直、とんでもなく胸糞悪い。
ブリトニーは「もういいよ」と、俺を慰めたが、その表情はどことなく悔しそうで————
このようにして、俺たちの初めての「鉄道」は、とんでもなく居た堪れない感情のまま幕を開けた————
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