【金色の裕者】「弱虫冒険譚-③-」
自然豊かな森に囲まれる空間の中に、コイン禿げのような空間がポツリと一つ。結界のようなもので囲まれたそこは、崩れた建物や散乱した廃材、その他けがれた木々など、とても気分のいい光景とは言えないものばかりだった。
フィリアは、その結界の入り口らしきところに置かれた機械に冒険の書を当て、それをきっかけにしてその結界の一部が口のようにして開く。
「————ただいま」
不意に彼女がそう零したのが気になった。
★ ☆ ☆
10年近く前の話。移動用の飛空艇が冒険者ギルド本部に突っ込むという事故——いや事件が起きた。
当時、交通手段として用いられていた飛空艇には数多くの乗客たちが乗っており、その全員及び街にいた人、数十名が帰らぬ人となる、とんでもない惨事であった。
ギルドの発表では、飛空艇は人語を話す魔物によってジャックされていたとのこと。そして、そのことを踏まえ、冒険者ギルドはアルガリア大陸に存在する魔物と共存する村——「アルー村」に目を付けた。
討伐隊を編成したギルドはその後、魔物たちを匿うアルー村を襲い————
そして、アルー村のすぐそばには、エルフたちの隠れ里があったとされている。しかし、そのエルフの里もまた、今度は人語を話す魔物たちによって滅ぼされてしまったとか——
彼女がエルフであることや、今までの雰囲気から、おそらく彼女も関係者なのだとは思う。気になりはしたが、でも僕はあえて聞くことは無かった。
散乱した廃材をかき分けながら進む。生憎と、うわさに聞くほどアンデットがうじゃうじゃ湧いているようでもなさそうだ。
木の上につくられた小屋。ターザンロープ。その他あらゆるものが、エルフらしい生活感に溢れていた。が、それら全ては、現在ではさびれてしまい、人を失って寂しそうだ。
彼女の回りを飛ぶはずの精霊たちは、不思議と彼女の回りから離れ、跡地のあらゆる場所へと飛び散っていた。普段は彼女の回りをグルグルと飛び回っているというのに、珍しい。
そんな時、彼女について行っていたはずの僕の体が、不意に全く別の方向へと引き付けられる感覚に陥った。僕は「アンデットの呪いか?」と思い必死に抵抗したが、その抵抗の後僕の体から赤い光が飛び出してきた。
これは精霊の「アリア」——彼女から預かった精霊だった。
アリアはそのまままっすぐ、どこかへと飛んで行ってしまった。
僕はフィリアをほっぽり出して、アリアを追いかけた。なぜだか追いかけなければならない気がして、胸騒ぎがとてつもなく激しかったのだ。
倒れた木々に囲まれたそこを、アリアは飛び回っていた。僕はその木々を、リストバンドを使ってどかすと、隠されたようにしてある地下室への階段を見つけた。アリアはそのままそこを下って行ったので、僕もそれについて行く。
ひどい悪臭が鼻についた。
真っ暗で何も見えない空間だったが、アリアがバチっと火花を散らし、その空間に明かりが灯った。
そして、僕はそこで————
アウゥゥゥゥウウウウ————————
それは、自我を失った、生気を感じないエルフの亡骸だった。
見た目はフィリアと同い年くらいかそれより幼そうな、とてつもなくやせ細った女の子のアンデット。片腕と片足がなく、這いながらこちらへと向かってきていた。だが、檻に閉じ込められており、こちらに向かってきてもその檻にはばまれてこちらに到達できないでいた。
僕は尻餅をつき、ガタガタと震えていたが、アリアがそっとそれに近づくと、それはまばゆい光に包まれて、途端に動きを沈めた。
そして、その光の中に、一人の少女の姿が浮かび上がって——
「ありがとう——……お姉ちゃんを——……」
その一言を残して、その光とともにそれは消えた。
「お姉ちゃん?」
その後、僕の目の前にアリアが姿を見せることは無かった——
★ ★ ☆
地上に戻り、空気を吸う。
森の中と言うこともあり、空気が美味しかった。
そんなことをしている場合ではない。
僕はさっきの件でフィリアを見失ってしまったので、先ほどの足取りをたどってフィリアを探した。
うろうろと探し回っていた時、崩れた建物の中でも一際大きくて立派な建物が見えた。頑丈に造られた建物なのだろう、細かい部分は破損していても原型はとどまっていた。
僕は興味本位でその建物の中へと入った。
建物の中は、細かい廃材で散乱しており、床なんかも抜けてひどい状態だった。自然が侵食しているのは、若干神秘的な何かを感じたが。
僕はその建物の中を散策することに。
部屋数が多く、軽く見るだけでもやっとだ。
適当に扉を開いては、中を軽く見て回ったが、その中で一部屋、またしても何かに引き付けられるような感覚に陥る場所があった。そして、その部屋に足を踏み入れると——
そこはどうやら子供部屋のようだった。
見た感じ二人で使っていたらしく、それにしては広い気もするが、可愛らしく部屋が整えられていた形跡が見られた。ピンクや水色、それから黄緑を基調としている辺り、ここは女の子の部屋だったのだろうか。
そうこう思いながらその部屋に足を踏み入れ、部屋の中央まで到達する。その時、部屋の隅、窓際辺りに何かを感じ、僕はそこへと向かって、何かを感じたものに触れた————
「これは……写真?」
埃をかぶり、割れて見にくいそれは、おそらく写真だった。ほこりを払ってよく見ると、四人の人物が整った格好で写っていた。
背後に立つのはひげを生やした男性のエルフ——おそらく父親だろうか。そして中央の椅子に座る優しそうな女性のエルフは——多分母親で、その左右ではにかむ笑顔の少女二人はきっと娘だろうか。
そんな、生活感と言うか、そう言ったものに溢れた一枚の写真は微笑ましく思え————ってちょっと待て、この子って————
僕はその写真を再び凝視した。
そう、それは——その一人は、先ほど光に包まれた女の子とそっくりだったのだ。それと、その隣で静かそうにたたずむ少女もまた、僕には見覚えがあって——
アウゥアァァァァアアアア————
その時、上の階からとてつもなく大きなうめき声が聞こえた。
★ ★ ★
脆くなった階段を慎重に駆け上がり、さっき聞こえたうめき声のもとへ急いだ。
もちろん恐怖心はある。ただ、それ以上にフィリアのことが心配になった。
この里を——この家を見て何となくわかってしまったから。そして、あの檻の中に見たアンデットの正体も、わかってしまったから——
崩れ落ちる階段。足を取られそうになるが、リストバンドが思うように変形してくれたおかげで何とか落ちずに済んだ。
今は急がなければならない。彼女に同情しているわけではないが、ただ彼女のことが心配で——あのうめき声が彼女に向けられたものならば、きっとこの上に彼女も————
そして、僕はその部屋の前に立っていた。
今までとは比べ物にならないくらいに禍々しい、怨念のようなとてつもない気配がその部屋からは流れ出ていて、少しでもその場にとどまれば意識を持っていかれそうな、そんな気配だった。
僕は、恐る恐るその扉に手をかけて————中を覗くと、そこには、二つの大きなエルフのような姿があった。
通常のエルフのサイズとは明らかに異なった、異質な大きさのそれらは、眼球がくりぬかれており、そして体中は腐食し、蛆が湧いていた。
そのような状態のまま、その二つは部屋の中をゆったりと、うめき声をあげながら徘徊していて————
そして僕は、その二つが向かう先、部屋の中央にもう一つの存在を見つけた。異質すぎるそれらに意識を奪われていたが、部屋の中央にいたその人物は間違いない————
フィリアだ————
彼女は、近づいてくる二つのエルフアンデットに腕を開き、まるで自らの方へと導いているかのように振舞っていた。アンデット二体は、そんな彼女の存在に意識を集中させると、再び大きなうめき声をあげて襲い掛かろうとしているように見えた。
だめだ、このままじゃ彼女が————
そう思って、僕が飛び出そうとした矢先————
「ただいま————お父さん、お母さん」
その瞬間、彼女の背後から二つの精霊が飛び出して————それらは光となって、目の前で消えた————
唖然として佇む僕。目の前で起きたそれは、先ほど地下室で見たものとよく似ていて————
「行くよ」
そんな僕に対して、その言葉を皮切りに彼女は無表情のままその場を後にしようとした。その時、僕の横を通り過ぎた彼女の瞳からは、うっすらと涙のようなものが浮かんでいたようにも見えて————
その後、彼女が【
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